book
□兄妹愛
1ページ/1ページ
「ジュンの妹やりまーす」
「なんだってんだよ」
「え?」
「なんでコントやりまーす的なノリでおかしなこと言ってんの?」
ヒカリは首を傾げるとジュンの部屋の本棚をゴソゴソと漁り始めた。
ヒカリはしょっちゅうジュンの部屋の本棚にある漫画を読んでいて、面白いやらつまらないやら気持ち悪いなんかの一言だけと淡泊な感想を残す。
今やジュンの部屋にある漫画は全て網羅し、最近二週目にとりかかっているという。
「ほら、これ」
そう言ってヒカリが本棚から抜き取ったのは、『私はお兄ちゃんに恋をする』と書かれた本だった。
表紙は俗に言う萌系で、顔の面積の八割程を目が陣取っている童顔の女の子がなぜかブルマをはいて女の子座りをしていた。
「二次元に頼らなくてもいいよ。私がやってあげる」
「その本は違うって!オーバが無理矢理貸してきたんだよ!」
「…読んだ?」
漫画を取り返そうとしてくるジュンをひらりとかわしながらヒカリはじとっとした目でジュンを見た。
ジュンが嘘をついているのか探っているらしい。
本を取り返すのを諦めたジュンがため息をつきながら答えた。
「読んだよ」
「なら、いいんだ。じゃあやろっか」
「は?」
「仕方ないから、妹やってあげる」
「お前、ノリノリだな…」
「…ばれた?ほら、私兄弟いないから」
ちょっと寂しそうな顔をしたヒカリを見てジュンは、そう言えばコウキには妹がいたっけなんてことをぼんやりと思い出していた。
兄弟がいないと、一人遊びが上手になって段々他人が欝陶しくなったりもするし、逆に友達をたくさん作って孤独が嫌いになったりもする。
前者はヒカリ。後者はジュンだ。
「付き合ってやるよ!」
努めて明るくジュンは言った。
ヒカリも嬉しそうに笑って、漫画を返した。
こんな歳になってごっこ遊びをやるなんて少し恥ずかしかったのはお互い同じだ。
それでもヒカリは兄弟が欲しかったし、ジュンはヒカリの為に動きたかった。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんはポケモン好き?」
お兄ちゃん、と呼ばれた瞬間に心臓がドクンと跳ねて、ヒカリを直視できなくなった。
俺、なにやってんだよ…。
心の中で呟いても、もし今声に出してもノリノリのヒカリには届かないだろうとジュンは思った。
「好きだよ」
「パパとママどっちが好き?」
「ほんの少しの差でダデ…と、父さん!」
この後もなぜかヒカリから色んな質問をぶつけられて、ジュンはもうヘトヘトだった。
お兄ちゃん呼びされただけで、汗をかいてしまう。
しかもお兄ちゃん体細いとか言って手首をふんわりヒカリの細い指が掴んだ時なんかは目眩がした。
これ以上やるのは危険だと感じたジュンが中断を申し入れても、ヒカリは頑なにやめようとはしなかった。
「ヒカリ、ホントにそろそろやめようぜ?」
「……嫌、なの?」
「嫌っていうか、その…さ、」
「なに?」
理由を答えないと解放してくれないと悟ったジュンは、ヒカリの手をぎゅっと握って自分の額をヒカリの額にくっつけた。
ジュンはいつもより近い距離に顔を赤くさせていたが、ヒカリは平然とした様子でジュンを見つめていた。
「こういうこと、したくなる」
「大丈夫」
「は?」
「好きだから」
「何をだよ」
「ジュンを」
ジュンは掴んでいたヒカリの手を離して、くっつけていた顔も遠ざけた。
そしてヒカリに背を向けた、
さっきより更に赤くなっている自分の顔を見続けられるのは苦痛だったらしい。
ヒカリは表情一つ変えずにジュンの背中を見ていた。
「返事ないの…?返事がない、ただのしか…」
「ある。屍じゃないっつの」
「お兄ちゃんは私のことどう思う?」
「妹にしたくないと思う」
今にも泣きだしそうなヒカリの顔は、背中を向けているジュンの視界には完全に入っていない。
「ひどい〜!」
「だって、恋人にはなれない…だろ?」
「今はごっこ遊び中…ってちょっと!」
恥ずかしさに耐え兼ねてその場にへたり込んでしまったジュンを見て、ヒカリはため息をついた。
「私はジュンの家族になりたいだけだよ」
そうしたらずっと一緒にいられるし。
心の中で呟いた言葉は恥ずかしくて口には出せなかったけど。
ジュンはそれを聞いて勢いよく立ち上がってヒカリを見た。
「プロポーズ…?」
「え、あ、違う!そうじゃなくてずっと一緒にいたいなって!」
「……それがプロポーズだろ」
「じゃあジュンも言ってよ。…嫌、なら、いいけど」
「嫌だ」
「え」
「俺は言葉より態度で示す派なんだよな」
顔を近づけてくるジュンの頬をヒカリは両手で挟んだ。
そのままジュンの唇にそっと口付ける。
唖然としているジュンにやんわりと微笑みながら、ヒカリは言った。
「私は言葉と態度両方で示す派!」
ジュンはため息をつくと、笑っているヒカリの髪の毛を一束手に取りそれにキスをした。
「お前には完敗」
ヒカリはそこで初めて顔を赤くして、それから俯いた。
ジュンは心の中でガッツポーズをしていた。