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□元幼なじみ恋人兼婚約者
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「あ、ジュン今おつかい出かけてるのよ。部屋で待っててもらってもいい?」
「はーい」
こんなことは良くあることで、私はジュンの部屋に一人でいることに慣れていた。
慣れていたっていうのは、変な言い方かもしれない。
まぁ、自分の部屋みたいにくつろぐことができるっていうこと。
小さい頃から入り浸っているからだろうか。
部屋に入ってベッドの縁に腰掛ける。
ジュンの部屋にはあまり使われた後のない勉強机と、漫画がびっしり入れられている本棚、それからクローゼットがあった。
昔は野球のバットとグローブ、それからボールなんかが机の上に置いてあったけど、それはクローゼットの中に行ってしまったのか、ごみ箱に行ってしまったのか。
私にはわからない。
今机の上にはモンスターボールが5つと、写真立てが二つ。
モンスターボールの中にはジュンの大切な仲間が。でも1番大切なゴウカザルは今きっとジュンの腰元にいる。
写真立ての写真の一つは、殿堂入りした時にポケモン達と撮った物、もう一つは小さい頃の私とジュンが写っている奴だった。
ちょっと前までは二人で殿堂入りした時に撮った写真が飾ってあったのに。
昔の写真が入っている写真立てを手に取る。
今より幼い私たち。
ずっと一緒にいたから、変わったとか思ったことはなかった。
でもやっぱり変わったのかもしれない。
だって、この時はまだジュンが時折見せる真剣な表情にドキドキしたりとかしなかったし。
幼なじみという立場は実に難しい。
恋愛感情を抱いてしまうと、関係がぐるりと変わるのだから。
いや、でもこれは私が勝手に考えてることだからもしかしたら良い意味でぐるりと変わるかも。
「ヒカリー!今日はヒカリが来る気がしてたからこれ、買ってきた!」
突然部屋のドアが開いてジュンが入ってきたから私はびっくりして、手に持っていた写真立てを落としてしまった。
パリンという音を立ててガラスが砕ける。
「ごめん!」
「お前ハダシじゃんか…うわっ、」
すぐにカケラを拾おうとしたのに腕を掴まれる。
ジュンはガラスの破片を飛び越えてその勢いで私の腕を掴んだから、バランスが上手く取れなかったらしくそのままジュンの体が私にのしかかる。
私はベッドに座っていて、足を地面についていなかったから、耐えようとしても自分と同じくらいかそれ以上の重量を支える腹筋もあるわけがなしに、そのままぶっ倒れた。
しかも壁に頭を思いきりぶつけた。
ゴンッという音がして一瞬フラッとする。
しかも体にはジュンが乗っかってるし。
「ヒカリ、だいじょぶか?」
「だいじょぶな訳がないでしょ。大丈夫じゃないです」
「ごめん、俺、危ないと思ってさ」
「私も写真立て割っちゃってごめん。あと重いから早くどいてほしい」
なんで何も答えないの?
こっちは頭痛いし重いし、せめて腕を掴むのやめてほしい。
こんな状態ジュンのお母さんに見られたら何て言われるか。
ジュンはこんな状況だというのになぜか真剣な顔をしていた。
ジュンが真剣な顔してる時は何か考えてる時。
考える前に退けよ。
「やだ」
今何て?
「は?」
何言ってるのと聞き返そうとしたところで唇を塞がれた。
あまりにも唐突だからもう何が何なのかわからない。
「あー!キスしたのなんていつぶりだろうな」
「どういうつもりですかセクハラ野郎」
「んー、キスってどういうものなのか忘れてた」
質問に答えろバカ。
ムードも何もあったもんじゃない。
幼なじみなのか、恋人なのか、私にはもうわからない。
ジュンはただキスというものを思い出す為だけに私にキスしたのか、それとも何か思うところがあったのか。
「私たち、なに?恋人?友達?」
「え、婚約者だろ。昔の約束覚えてないわけ?」
婚約者。予想外の言葉が飛び出て来て、私はもう頭の中真っ白。
昔の約束をした覚えはあるけど、それを今の今まで信じてたんだ。
あんなのは小さい子が良く意味もわからないのにただずっと一緒にいたいというだけでするものだし、今結婚とか口に出すと言葉の重みが全然違う。
「覚えてるけど」
「んで、俺らが婚約者になって十年くらいたった。だから、さ」
ジュンは私の前髪をかきあげて額にキスをした。
「ストップ!私は婚約者だと思ってなかった」
私のTシャツを捲りあげようとしていたジュンの動きが止まった。
危ないところだった。
この人本気だ。
「約束は嘘なのかよ」
「違うけど、そうじゃなくて…」
「俺はヒカリのことが好きだよ」
「っ!婚約破棄!!」
耳元で好きだよとか囁かれたら、そういうものに不慣れな私はびっくりしてしまうわけで。
婚約破棄とか言ったらジュンはこういうことをするのをやめてくれるかなとか思ってたら、効果は予想以上でベッドの上に座って膝を抱えて顔を埋めてしまった。
とりあえず私もベッドから降りて、さっき割ってしまった写真立ての破片を集めることにした。
私は一階に下りてジュンのお母さんに新聞をもらって再びジュンの部屋に戻って来た。
大きい破片を手で拾って広げた新聞紙の上に置いていく。
ジュンはまださっきのままだ。
破片の中から写真を取り出して机の上に置く。
あんまり細かく砕けてないみたいだけど、念のためにジュンのお母さんに掃除機を貸してもらった。
掃除機貸してくださいと言ったら何も聞かずに貸してくれるジュンのお母さんは凄い。
大きい破片が入っている新聞紙を捨てて掃除機をかける。
「ジュン、どうしたの?」
「婚約破棄って言われて落ち込まない奴がいるかよ」
「私は恋人がやりたい」
「俺は嫌だ」
「何で?」
「恋人より婚約者の方がずっと一緒にいられる感じがする」
どうしたものか。
別に婚約者でもいいんだけど、破棄した身としてのプライドもあるし、今更じゃあ婚約者でなんて言えない。
それに恋人から婚約者っていう段取りが普通な気もする。
なのに私たちは幼なじみから婚約者。
それって変だ。
「私は、恋人兼婚約者がいい。婚約者だけど、恋人なんだよ。どう?」
「いい!すっげえいい!!」
テンションの上がり下がりが激しいのは昔からだからそんなに気にしないけど、抱き着かれるとさすがに困る。
「ヒカリ」
「なに?」
「好きだ」
これはもっと困る。