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□濡れる
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「うーん…」

「何かお探しですか?」

「あ、えと、その…その……」


マサゴタウンの服屋さんできょろきょろしている私に話しかけてくれたのは営業スマイルを浮かべた店員さんだった。
普段は服装なんて気にしない私が服屋さんなんかに来てるのは、明日ジュンと出かける予定があるからだ。
おしゃれして、ほんの少しだけだけど化粧もして、びっくりさせてやろうと思ってたのに、うちには化粧品はおろかおしゃれな服なんてものが一着も無かった。
普段はTシャツにジーパンかスカートをはいているような私だ。出かけるときだってちょっとそこのコンビニにスタイルな訳だし、これはジュンと出かけるとか関係なく女の子としてまずいなと思って服屋さんに来てみた。

ヨスガにはもっと大きなお店があるけど、そんな遠いところまで買いに行くのは恥ずかしかったし近所で若い女の子に人気があるこのお店に来た。


「私に似合うような服ってありますか…!」

「ちょっと待っててくださいね」


そう言うと店員さんは私に微笑みかけて服を探しに行った。
そんな店員さんの着ている服は物凄くおしゃれで私は小さくため息をつく。
ファッションセンスというものがまるでない私にとってああいう人は何だか尊敬してしまう。


「こんなのでどうでしょうか」


店員さんが持ってきてくれた服を抱えて試着室に入る。
ドキドキしながらもその服に着替える。
試着室のカーテンを開けると店員さんが笑みを浮かべてお似合いですよと言ってくれた。
私はその服を買って外に出た。

来た時には曇っていた空からは雨粒が大量に落ちてきていた。
袋にいれた服を濡らさないように気をつけながら私は小走りで家へと急いだ。
のに、
水たまりに足を滑らせてずるっと前へ転ぶ。袋を抱えていたせいで顔面を強打した。
しかも水たまりに顔と体が突っ込んだせいで全身が泥水でびちょびちょだ。
私は泣きそうになりながらも顔についた泥をぬぐって再び駆け出そうとした。


「ヒカリ?どうしたんだよそんなびしょ濡れで…」


振り返るとそこには傘をさしているジュンがいた。
こんなかっこ悪い姿を見られるなんて、最悪だ。どうしてこんなに今日は悪い事が起きるんだろう。
私におしゃれをするなという神様からの忠告だろうか。


「転んだ」


努めて笑顔を浮かべようとしたけど、涙が出てきそうになってもう一回私は顔をぬぐう。
顔に泥がついた感触がした。


「とりあえず傘、入れよ」

「うん」


私は自分の服と体についている泥をなるべくジュンにつけないように、ジュンから離れて歩いていた。
ジュンとは反対側の肩が濡れていくけど、気にしない。


「濡れてるじゃんか。もっと寄れば?」

「いや、いいよ!泥ついちゃうし」

「へーきだし」


ジュンはそう言うと私の肩をがっとつかんで自分の方に寄せた。
普段でもこんなに近い距離になったことがないのに、そう思いながらジュンはどんな顔をしてるのか気になってジュンの方を見る。
と、目が合ってしまって慌てて逸らす。
気まずい沈黙をどうにかしたくて私はジュンに話しかけた。


「何でジュン、マサゴにいたの?」

「ん、散歩」

「ふーん」


また沈黙。
くっつきすぎているせいで良い話題が浮かんでこない。


「ヒカリは?買い物?」


ジュンが私の抱えてる袋を見て言う。


「うん、買い物」

「何買ったの?」

「え、っと」

「何だよ、俺には言えないモノって訳?」


ジュンがにやりといたずらっ子のような笑みを浮かべて私の抱えている袋をじっと見る。
そう言えば袋には店の名前が書いてあるんだった。
私は慌ててロゴの部分を隠すけど、ジュンはもう見た後だったらしい。


「もしかしてさ、明日の為、とか?」

「そうかもねー」

「…ありがと」

「何でお礼言うわけ?それおかしいって」

「いや、嬉しくてさ」


実際のところ私も嬉しかった。
お前がそういうことするなんてキモ、とか変とか言われるかも知れないと思っていたところもあったからそう言ってもらえると明日は安心してこの服を着れる。
一回話し出すと結構会話は弾むもので、私が距離を意識するのをやめたからかもしれないけど、とにかく自分の家まであっという間だった。


「あのさ、俺の家来ない?」

「今から?だって私、服びちょびちょだし、せっかくならシャワー浴びて着替えてから…」

「家で入ればいいじゃん」

「え?本気?なにそれ、もう幼稚園児じゃないんだからさ」


くすくすと笑う私を見て、ジュンはちょっと顔をしかめる。


「今日泊まればいいよ」

「な…!急にどうしたの?」

「はっきり言っても引かない?」

「うん」


ジュンのおかしい発言はこれまでに何度も聞いてきたからきっと大丈夫だろう。
そう思って何のためらいもなくうんと言った私が馬鹿だった。


「欲情した」

「は」

「今、ムラムラしてる」


真剣な顔でそんなこと言われるものだから、どうしていいのかわからなくなってジュンの目をじっと見返す。
このまま家に帰ってしまいたいとも思うけど、さすがにこんなタイミングで帰ることなんてできない。


「わかったよ。その代わり服貸してね」



(今日のジュンは大胆すぎる)
(だってヒカリの服濡れてスケスケだったし、その、まぁ…反省してる)

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