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□笑ってくれるなら
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なんだよ、久しぶりに会ったってのに、なんだってんだよ。
コウキが殿堂入りしたという話を聞いて、ジュンがコウキの家に向かうとコウキは自室のベッドに座って俯いていた。まるで、嫌なことがあったとでも言うように。
ジュンが入ってきたことに気づくと、コウキは顔をあげてジュンの顔をしばらく見つめていた。それからしばらくして、久しぶりとだけ口にした。
ジュンはまるで抜け殻のようなコウキに唖然としてしばらく何も言えなかった。
それでも何とかおかえり、という言葉を絞り出した。
「ただいま」
意味が分からない、と言った様子でコウキは答えた。
何言ってんの?というコウキの気持ちは"ただいま"の口調で十分ジュンに伝わった。
それでもジュンはコウキが帰ってきてくれたことが嬉しくて、コウキの傍に歩み寄って抱きしめた。
コウキの顔はジュンには見えない。それでも音は十分聞こえるから、コウキが漏らしている嗚咽は聞こえた。泣いてる。
どうして泣いているのかわからない自分に悔しさを覚えながら、同時にコウキを少し恨めしくも思った。
どうして、何も話してくれないのだろう。
ジュンが少し体を離してコウキの涙を指で拭った。
それでもコウキの瞳からはとめどなく涙が溢れて来る。
そんなコウキを見ていると、ジュンの瞳も熱くなっていって今にもこぼれおちそうな涙が目元に溜まっていった。
「ジュン」
名前を呼ばれてジュンの瞳からは一筋の涙がこぼれた。
「あいしてる」
そう言うと今度はコウキがジュンを抱きしめた。
ぎゅうぎゅうとお互い体が壊れてしまうんじゃないかというくらい抱きしめ合う。
こうすることでさっきからチラチラと覗かせている二人の間の溝を埋めようとしていたのかもしれない。
言葉よりもっとお互いの意思を感じられるものを選んだはいいが、いつまでもこうしているわけにはいかない。でももう少し。
体を離して今度は唇を合わせる。最初は何度も何度も。次第に一回一回が長くなっていって、お互いを求め合う二人はどこか狂気染みたものを感じさせた。
「俺もコウキのこと愛してる。すっげぇ好き!」
ジュンが真顔でそう言うと、コウキは吹き出した。ここは大きい声を出してそういうことを言うところじゃないだろう。
でも。さっきまでの気持ちで行為を始めていたら、自分はどうなっていただろうか。
ジュンをどんな風に扱ったのだろうか。
それを想像するとコウキは少し怖くなる。
空気を見事に壊してくれたジュンに感謝の気持ちを抱きながらも、何で笑ってるんだようと怒っているジュンを見てまた笑いそうになる。
「でも、やーっと笑ってくれたよな!」
ジュンはコウキを笑わせることができて満足しているようだった。
「どうして、あんなグチャグチャになっちゃってたんだ?」
その質問に自分でもよくわからないから考えさせてほしいと言って、コウキはしばらく黙る。
ジュンはその間、ヒカリも寂しがっていたとか、もちろん俺も寂しかったとかいうことを喋りながらコウキが答えるのを待った。
ジュンはぼんやりとコウキも寂しかったんだろうかと考えていた。
「僕はさ、殿堂入りした…でしょ?」
ジュンが頷いて、コウキは続けた。
「だから、シンオウで一番強くなったってことで、それが凄く嫌だった。僕は、ジュンみたいに強さについてなんて考えたこともない。ただポケモンが好きで、ずっと一緒に居たらいつの間にか一番になっててさ。強さを理解してない自分が一番なんかでいいのか、とか」
ジュンは頭の中でコウキの言葉を繰り返していた。
「でも、ジュンに会って、もういいやって思えた。ジュンがいれば、もうなんでもいい。ずっとジュンに会ってなかったから色々考えてあんなになってたんだ。たぶん」
そう言うとコウキはジュンを抱きしめた。
「コウキは強いよ。俺はそう思う。あんまり口にはしないけど、意志も強いし、ポケモンとの信頼関係の厚さも俺はすごいって思った。コウキが自分の強さを理解してないだけだ」
コウキはそっか、とだけ言ってジュンの体を離した。
やっぱりコウキも寂しかったんだな、とジュンは思った。
ジュンにはヒカリがいた。だから寂しいと感じることはあったけど、死ぬほど寂しいというわけでもなかった。
だけどコウキはどうだったのだろう。ポケモンリーグに挑戦するために修行をして、挑んで、勝って。全部を一人でやったのだから。
孤独に蝕まれていたとしてもあまり不思議ではない。
それでもコウキは言っていた。
ジュンがいればもうなんでもいいと。
「俺もコウキが帰ってきて笑ってくれたからもう何でもいいって思うんだ」
「僕はジュンが笑ってるところ見てもういいやって思った」
二人は柔らかい笑みを交わし、それからまた抱き合った。
久々に感じた互いの体温は、驚くほどに心地良かった。