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□ビタミンP
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コタツに入ったまま黙々とミカンの皮を剥いているヒカリをぼんやりと眺めながら、ジュンはアイスを食べていた。
『コタツの中でアイス!?信じらんない!』と、昔はよく言われたものだがここ何年かでやっと理解してくれたのか、アイスを食べていても文句を言われることはなくなった。
ヒカリの家にはコタツがないせいか、冬はだいたいジュンの家で遊ぶことになっている。

向かい合って座っているというのに、ヒカリはミカンからは目を離すことがない。ジュンがじっと見ていても、まるで気付いていないようだった。
なんだってんだよと、ジュンが足をつつくと、ヒカリもジュンの足を蹴り返す。
しかし目線はミカンから外さぬまま。
それならばと足の裏を足先でくすぐれば、ヒカリは表情を崩した。

「なに?」
「いや、まあ暇だなあって」
「私は忙しいんだよね」
「忙しいってミカンの皮剥きじゃ…」
「ミカンの皮を剥いている私と何もせずにアイスを食べているジュンとだったら私は忙しい方に分類されるでしょ?」
「世間一般の忙しい人が怒るだろ、それ」

そんなどうでもいいやり取りを繰り返しているうちにヒカリはミカンの皮と白い繊維の部分を綺麗に取り終えていた。
ジュンはすかさず一欠けらを取ると、自分の口の中に放り込んだ。
ヒカリはたいして気にもせずに、ミカンを食べ始めた。
そんなヒカリの反応がやっぱり面白くないジュンは、もう一個食べてやろうかなんてことを考えながら口の中に広がるアイスとミカンの混ざった味を舌で感じていた。

「白いところは栄養あるんだってさ」
「知ってるよ。ビタミンPだっけ」
「取っちゃうんだ」
「うん、取っちゃう」

そう言うと、鼻歌混じりにミカンの皮をちぎり始めた。
今日のヒカリはいつも通り素っ気ない、と思ったジュンは机のうえに突っ伏した。ミカンばっか構ってて、つまんねえのと小さく呟けば、聞こえたのか聞こえていないのかミカンーミカンーと歌い出す始末。
恋人(ヒカリがどう思っているのかは謎だが)だというのに、あんなことやこんなことを一度もしていないという関係に、ジュンは少し不満がある。癖に、実際に手を繋いだときにはもうそれだけでいっぱいいっぱいだった。もうこのままで良いんじゃないかな…と考える自分に、男だろ!という自分からのツッコミが入る。

「できた!」

という声に顔を上げると、ミカンの皮が机の上に並べられていた。
なんだこれ…と思ったジュンの顔を見て、ヒカリは慌てたように「ちゃんと片付けるよ」と言ったのだが、別にミカンの皮が散らばっていることに怒ったわけではない。

「なにこれ」
「そっか、逆さまだ。こっち来てみて」

ヒカリが手招きするので仕方なく隣に入る。近い。
反対側から見ていたときには気付かなかったのだが、ミカンの皮は文字になっていたらしい。
ジュン>ミカンと書いてあるそれを見て、ミカンと比べられる俺って…などと思いながら、ヒカリとの距離に苦しむ心臓を深呼吸で落ち着かせようとする。が、うまくいかない。

「ジュン、もしかして怒った?」
「うん、スゲー怒った」
「ごめんごめん」

あはは、と笑いながらミカンの皮をまとめ始めたヒカリの顎を掴んで向き合わせる。ヒカリは驚いているのか、驚いていないのか。いつも通りのぼんやりとした顔が、なぜだかとても可愛く見える。ここまで来たら、やるしかないんじゃないか。
そうだ、行け俺!キスして、これでチャラにしてやるとか何とか言えばいいんだ!



「おーヒカリちゃん!ひっさしぶりい!」









「……」
「……」








「ジュンてめえヒカリちゃんに何してやがるこのせっかちスケベ息子!」
「ダディこそ何も言わずに入ってくるなってんだよ!」
「ここはリビングだぞ、何でお前の許可がいるんだよ!だいたいヒカリちゃんに手出すなんて…ダディは許さないからな」
「ダディの許しなんかあってもなくても同じだ」

ふん、と顔を逸らしあう親子を見て、ようやく赤面している場合じゃないということに気付いたヒカリは、どうにかしてこの場を落ち着かせることにした。

「あの、クロツグさん。目の中に睫毛が入っちゃったから取ってもらっていただけで、別にやましいことをしていたわけじゃ…」
「なんだそうなのか!そうならそうと早く言え息子よ。ま、せっかちでもそっち方面はのろまなジュンのことだ、そんなことだろうとは思ったがな!」

それじゃあまた、と大笑いしながら出ていくクロツグの背中を恨めしげに見つめるジュンの頬に、ほんの一瞬柔らかい何かが触れた気がして慌ててヒカリの方を見ると、そこにはまた新たなミカンの皮を淡々と剥き始めているヒカリがいるだけだった。
気のせいだったのか、と頬に手を当てたジュンをちらりと見てまたすぐにミカンに目線を戻したヒカリの頬は赤くなっていたが、ジュンからはヒカリの髪に隠れていて何も見えなかった。











クロツグさんがうろ覚えすぎてキャラ崩壊。

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