短編
□ガラス玉はきらきらと
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夏の夜空に想うのは。
硝子玉がまだ輝きを放っていた、あの日の空。
+ガラス玉はきらきらと+
赤い硝子玉のような瞳が、嬉しそうに輝いている。
「姉上!」
「そんなに急がなくてもいいのよ。そーちゃん」
くぬぎ色の浴衣に身を包んだ、まだ小さい総悟は、
ミツバの手を引きながら叫んだ。
「早くっ」
「はいはい」
困ったように笑うミツバの瞳は、総悟と同じ赤い硝子玉のようで、
最愛の弟を見つめる眼差しは、親同然の優しいものだった。
道の先には、河川敷に沿って明かりを灯したカラフルな屋台が列を作って並んでいる。
今日はこのメンバーで初めて行く、夏の花火大会。
ミツバの後ろには、土方と近藤の姿もあった。
「花火はまだスか?」
「そーちゃんが急いできたから、まだ余裕があるみたいね」
河川敷の土手で、
総悟が夏の空を見上げながら、不愉快そうに口を尖らせる。
「夜風は、姉上の体に障るス」
「大丈夫よ」
ミツバはしゃがみ込んで総悟と目を合わすと、優しく微笑んだ。
「ちゃんと、そーちゃんに言われた通り、温かい格好をしてきたから」
白く喜捨な手が、栗色の髪を撫でた。
「ね」
コクリと大きく頷いて、総悟はまた夜空を見上げる。
花火が打ちあがる前の夜空は、シンと静まり返っている。
もうあと数分もすれば、この川の上空いっぱいに大きな花が咲くだろう。
「いやー、楽しみですな」
腰に手をあてた近藤が、二人のもとに歩み寄った。
さりげなく、その横に土方もいる。
それを見つけた総悟が、
ミツバの手を離して土方に向き直った。
「なんで、てめーもいるんだよ!!」
「沖田先輩には関係ないス」
本当に関係なさそうに返す土方に、
総悟がまた食いつこうとしたが、ミツバがそれを止めた。
「そーちゃん、そんな事言わないの。ごめんなさい、十四郎さん」
「なんで姉上が、誤るんスかっ」
「そーちゃん」
珍しくキツイ言い方で呼ばれて、総悟はバツの悪そうに背を向けた。
その様子に、近藤と目があったミツバが可笑しそうに笑う。
ふと。
高い空から、ヒュゥー、と音が鳴り、
次の瞬間、夜空に大きな花が咲いた。
「始まったス」
花火は次々と上がり、河川敷を盛り上げる。
赤、青、黄、緑。
様々な色の花火が、形を変えて夜空を染めた。
「綺麗…」
総悟の両肩に手を置いたミツバが、空を見上げて目を細める。
「本当に」
肩に置かれた手に、一瞬だけ力がこもったのを感じて、
総悟が肩越しにミツバを見上げた。
「姉、上?」
赤い硝子玉のような瞳に、薄く涙が滲んでいる。
「姉上、どうしたんスかっ」
「ごめんなさい、ちょっと感動しちゃって」
着物の袖で涙を拭ったミツバは、
安心させるように笑いながら、総悟を見つめた。
「そーちゃんと、皆と見れて、とっても幸せだから」
「僕も、姉上と見れて幸せス」
大きな花火が上がり、小さな火花となって川に落ちる。
「…また、次の夏も来ようね」
その時見せた、涙の後を残した瞳は、
今思えば、花火よりも綺麗で儚かった。
次の夏も見に来ようね。
その約束は、果たされぬまま時が過ぎた。
江戸に向かうと決めた頃には、総悟もその事で頭がいっぱいで、
『次の夏』なんて覚えてもいない。
そして、大きくなって次会う時にはもう。
同じ赤色の硝子玉のような瞳は、
深く閉ざされたまま二度と開ける事はなかった。
夏の夜空に想うのは。
硝子玉がまだ輝きを放っていた、あの日の空。
夏の夜空に想うのは。
これからもずっと、あの日の笑顔。
遠くで懐かしい音がする。
そっと目を閉じると浮かんできた。
河川敷の夏の夜空に咲かせた、大きな赤色の花火。
fin.