お題
□17.闇の中の希望
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暗い倉庫。
横たわる総悟の前には、数人の男が立っていた。
+闇の中の希望+
「――気付いたかァ」
「……くそ…っ」
土方は縛られた腕を睨んで舌打ちした。
横には総悟が同じく縛られて横たわっている。
「高、杉ィィっ」
「真選組副長、土方十四郎…」
薄く笑った高杉は、嫌な笑い声だけを残してその場を去って行った。
『なァ、土方さん』
『あ?』
いつもみたく見回りを終え、屯所に帰る途中。
『あまり大きな声では言えやせんが…
鬼兵隊の情報を入手しやした』
『なんだとォ』
総悟の話に、土方はのった。
『今江戸の端で密かに暴動の準備をしているとか…
今からそこに行きやせんかィ?』
なぜ総悟がいきなり、そんな危険な事を言い出したのかは分からない。
だが。
『いいぜ』
軽い気持ちだった。
『事件を起こす前に、俺が止めてやる』
『さすがぜさァ』
総悟がいれば、なんとでもなると。
そう思ってた。
「…無残だな…、土方十四郎」
鬼兵隊を名乗る男が、自由を失った土方の髪を掴み顔を上げさせた。
「離せコノヤロォ…」
「随分な口の利き方だ…まだ立場が分かってないのか。あ?」
「…ぐっ」
男の拳が何度か頬を殴り、そのまま放りだされる。
暴行は続いた。
初めは見ているだけだった周りのやつらも、ついには加わる。
頭、腹、背中。
いたるところを男達によって蹴られ殴られ。
「…っ……やろ…っ」
頭から頬を伝う血を舐め、土方は男達を睨んだ。
「まだそんな眼が出来るか。さすがは鬼の副長と呼ばれる男だ。
――おい、アレ持って来い」
男が指示すると、一人が良く磨(と)がれた刀を突き出した。
「最後に言い残す事は?土方十四郎」
「……………」
「何も無いか…。残念時間切れだ、死ね」
瞬間。
男の刀が土方の首に触れる寸前で止まった。
「――そいつに、手ェ出しちゃァ困りまりやす」
「総悟っ」
手の自由を戻した総悟の左手が、土方に刀を向けていた男の腕を掴んでいる。
男は驚いた表情を隠せず、総悟を見やった。
そして気付いた。
「お前ら…っ」
さっきまで一緒に暴行を加えていた男達の、無残な姿。
ある者の腕が、ある者の首が足が。
刀で切られ血の海に転がっていた。
「どうやって…、って顔してやすねィ。
あれだけほって置かれたんじゃ、嫌でも縄ぐれェ解けまさァ」
総悟は笑って、右手を掲げ振り下ろした。
「ぐぁッぁァ!」
足元で小太刀を握った男が、唸り声をあげて再び地面に伏す。
総悟の手には血が滴っている磨がれた刀。
「この刀の切れ味、最高でさァ。まだ切れるみてェだねィ」
刀の血を舐め取ると、総悟は男に向けた。
「さ、土方さんから離れて下せィ」
「真選組一番隊隊長、沖田総悟…組一番の刀の使い手。なかなかのものだ。
だが、これはどうかな」
男が言った直後。
奥から数人の隊士が出てきた。
「鬼兵隊の名を汚さぬ兵(つわもの)たち…相手には文句ないだろう」
「…あァ、肩慣らしには丁度いい相手でさァ」
総悟は頬に血のほかに汗を伝わせ、刀を握り直した。
「総悟」
後ろから聞こえた土方の言葉に、総悟は目を見開く。
土方の声は酷く落ち着いていた。
「…お前だけでも逃げろ」
「……借りは、死んでも作らねェ」
「殺せ」
隊士が一斉に、総悟目掛けて刀を振るった。
「土方聞けェ!借りは、押し付けるもんでさァァ!」
刹那の出来事だった。
総悟の刀は明確に相手の弱点を突き、無駄な動きを見せず倒していく。
最後の一人を斬り、総悟は土方を見やった。
「覚えておいて下せィ」
「けっ、お前に言った俺が間違ってたぜ」
縛られたままの土方が器用に座りなおす。
先程までの緊張が、一気に解かれた。
「死ね、沖田ァッァア!」
土方に刀を向けていた男が、方向を変え総悟に向かってくる。
幾度か刀が交わり、男が刀を落とした。
「終わりでさァ…死ね」
血潮の中、男が倒れた。
「――さ、次はあんたの番でィ」
「って、なんで俺に刀向けてんだコラァァ!」
「ついでに」
「ついでに仲間を殺そうとすんな!」
溜め息を吐いた総悟は土方の縄を解くと、出口に向かった。
よろよろになった土方がその後に続く。
「今回は…ちと危険でしたねィ」
「珍しいじゃねェか、お前が危険を感じるなんてよォ」
久々の光にあたり、目を細めた総悟は後ろを振り返る。
「すまねェ…俺が無謀な事言ったから、土方さんが…」
「のった俺もわりィ…」
「いけると思ったんですけどねィ。二人なら」
「一緒だ。俺もあの時そう思った」
そう。
二人ならなんとでもなると。
「土方さんが無事で…良かった」
「あァ?」
土方から視線を外し、総悟は言う。
「土方さんが死ぬかもって、…怖かったでさァ」
「何言ってんだ…」
土方は俯く総悟に歩み寄ると、頭に手を乗せた。
「死ぬわけねェだろ。総悟残して」
「でも、自分だけ死のうとしただろィ」
「あれは…策があったからだ」
「ありもしねェくせに。二度とあんなマネしねェで下せィ」
土方の手を振り払った総悟がまた歩き出す。
「俺だって、土方さんを残して死ねるわけねェ」
顔にこべりついた血を甲で拭い、小さく舌打ちする。
「…近藤さんに怒られまさァ」
「しょうがねェ。年寄りの説教最後まで聞くか」
「へィ」
顔を見合わせ微笑んだ二人は、重たい足取りで屯所に帰った。
fin.