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□きみがいてよかった
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その日も家の中は静かだった。
かぁさんやほかの誰かがちゃんといるはずなのに、誰もいないみたいだった。
父さんがいなくて、おじぃちゃんやまわりの妖怪たちが『でいり』というのに出てるだけでこんなにも静かなんだ。
家の沈んだ空気とは反対にからっと晴れた空の下、僕と雪女は桜の木を見上げていた。
その木の枝によく父さんが座っていた。
「ねぇ、雪女は暑いと融けて消えちゃうって本当?」
「…ええ、本当です。でも今は涼もうと思えば何とかできますから、すべて融けてしまうことはないですよ。」
雪女は少し腫れた目でぎこちなく微笑んだ。
「外側からの熱ではなく、内側から熱で融けてしまう者もいると聞いたことがあります。」
「?」
「恋焦がれて、相手を想うその熱が自身の内からその身を融かしてしまうんです。」
―っ。
思わず雪女の手をとった。
「いなくならないよね、雪女は消えたりしないよね。」
「そんな顔をなさらないでください。」
雪女こそどうしてそんな顔をするの?そのときの僕にはわからなっかったけど、寂しそうなそれでいて誇らしげな顔をしていたと思う。
先ほどまで僕たちを照らしていた太陽が雲に隠れ、色が失われていく。
胸の奥が震えていく。
「ずっと一緒にいてよ。」
「リクオ様が望むなら、私はずっと傍にいます。」
ぽつりぽつりと地面にしみができていく。次第に雨足が強まり、胸の震えも上へ上へと強まっていく。
「よくがんばりましたね。」
父さんが死んで五日経ったこの日、ぼくははじめて泣いた。
―――――――――
あの時君がいった『誰かに想い焦がれて自身が熱くなる』って意味が理解できていなかった。
でも今ならわかる。君に恋した今なら。
本当に熱くなるんだね。想えば想うほどじりじりと内側が焼けるような痛みがあるんだね。
振り向いてほしいのに、その願いが叶うことが不安でしかたがない。
もしこの熱で君が消えてしまったらと。
僕以外のだれかに恋焦がれて消えるよりも、僕を想って消えてしまえばいいのに