ss<nztume,yakusizi>

□霧が晴れたあとに
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−−−◇◆


「早く決めてよね。」

「そういわれましても。」

目の前には二つの携帯。一つは機能が複雑なもの。もう一つはシンプルなもの。ただそれだけなら後者を間違いなく選ぶ。そう、それが本当にただの携帯なら。

昨日の誘拐事件で携帯がなくなった。その代わりにと我が上司、薬師寺涼子が新しいものを用意してくれたのだ。しかし善意であるはずが無い。なにか裏があるはずなのである。

「これはもしかしてJACES製ですか。」

悪意のかたまりがにんまりと笑った。


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わたしこと、泉田準一郎は後味の悪い事件が終わり、軽井沢での残りの休暇を楽しむことになった。上司と共に。そして駅で由紀子たちを振り切った後、涼子に二つの携帯を見せられた。

手元に残ったのは機能がシンプルなもの。JACESで製作され、今試験運用中だそうだ。JACESのオーナーの娘が言うのだから本当である。製作元が警備保障会社な分、ほかにも機能が隠されている気はするが。

「なにしてるの。こっちこっち。」

涼子が手招きをして道の先で待っていた。携帯を上着のポケットにしまう。



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二人乗り自転車で着いた先はチャペルだった。昼間であれば爽やかな風と澄んだ青空が女性にとって心躍るものだとは思う。しかし夏直前とはいえ、午後7時近くの今は群青色の空である。暗闇の中、建物は青白い光で照らし出されていた。

「どう?」

「ええ。綺麗ですね。ただ光の色のせいか少し不気味にみえます。」


あなたにお似合いです。魔女の家のようで、とは言えない。自転車をとめ、涼子に続いた。はて、目的はなんだろうか。

「不気味はないんじゃない?幻想的とお言い。仮にもナイトウェディングだって行われてるんだから。」

「すみません。以後きをつけます。」

「素直でよろしい。」

白いと思っていた外壁は、赤レンガだった。へぇと声をもらし中へはいる。内装も綺麗なものだった。茶とベージュで統一されて落ち着いた雰囲気の中、吊るされた四つのシャンデリアが華やかさを演出している。

「綺麗でしょう?」

このチャペルに引けをとらない美女がいう。

「はい。ですが警視、なぜここに連れてきたんですか?」

「・・・・泉田クンに見せたかったの。ただそれだけ。」

音の無い夜のチャペルで二人きり。二人だけの結婚式。

そんな絵本を思い出す。今の状況に似ているな。だが断じて目の前の上司と結婚することは無いだろうが。

「素敵なところに連れてきて頂いてありがとうございます。」

警視が休暇をとってくれたおかげですね、と心にも無いことを言う。いや半分は本心か。すると涼子が私の腕に自分の腕を絡ませてきた。

「そう。あたしのおかげよ。感謝してよね。」


チャペルを後にして、涼子の別荘へと帰っていった。このとき立っていたのがヴァージンロードだったと、警視に言われるまで気づかなかった。


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