story

□Sweet*Sweet〜Side AKIRA〜
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「ああ、わかった。とりあえず杉野はほっとけば? うん、じゃあ」

携帯電話の向こうの淡々とした友人の言葉に相槌を打ち、玲は通話を切った。
その友人に頼まれたCDを探しに、今現在は一人暮らしをしていて不在の兄の部屋へ入る。
置いていってあるものはある程度勝手に使うことを許されている。
夏のムッとした熱気を窓を開けて逃がし、ブラインドを上げて、日の光がよく入るようにしてから、オーディオセットの棚を漁り始めた。

あえて意識して、窓の向こうを見ないようにしながら。

ガラスに隔たれたすぐそこは、彼女の部屋だ。

昔、一番大事だった。

今も、一番大事な――


あれから何度も胸を焼く後悔に玲が囚われかけたそのとき。

いささかけたたましく、その彼女の部屋のドアが開き、バタバタと走り回る音がした。

彼女らしくない騒がしさにポカンとして、玲がうっかりそちらを振り返った瞬間。

窓の向こうで彼女が潔くパジャマの上衣を頭から脱ぐのが視界に入った。
その下は――素肌。

「ぅわッ?!」

気付けば我ながらカッコ悪い、ひっくり返った叫び声を上げて。
キョトン、と瞬いた彼女と窓越しに目が会う。

「……っごめんっ!!」

回れ右して兄の部屋を飛び出た。
しばらくして、彼女の部屋の辺りから、言葉にならなかったような悲鳴が響く。

(不可抗力、不可抗力だ花野っ!
見たくて見たんじゃ、いや見たくないなんて言わないけど、どっちかって言うと見たいけど、バッチリ見たけど!!)

混乱中の玲は視力2.0。
近視で眼鏡着用の兄とは違い、見えすぎるほどの視力のよさを誇っている。

今までは、それに感謝をしていた。
遠目から変質者のように眺めるしか出来ない彼女の姿が、はっきり見ることが出来たから。

たった今も、三メートルも離れていなかった彼女の、睫毛の揺らぎさえ見えるほどで。

さらりとした真っ直ぐな長い髪の艶、黒目勝ちの丸い瞳の潤み、ふっくらした桃色の唇が何か言いたげに開くのも。

そして、華奢な体躯に似合わない、豊かな胸の―――

(不可抗力だーーーーー!!!!)



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