□ 小話

□□ 345日の距離
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「あれ?“おたべ”じゃない。」

「「「「 え? 」」」」

2年生の修学旅行のお土産を見て、浜田が言った言葉に皆が反応した。

「え?京都じゃねーの?」

「浜田、知らなかったか?今年から違うんだよ。」

「そうなの?」

ふと、隣で土産の饅頭を食べていた泉に話を振った。

「・・・そーっすよ。今年は長野でスキー。」

もぐもぐとほっぺをふくらませたまま、泉は答えた。

「じゃあ、京都の清水寺とか行ってねーんだ。」

浜田はその膨らんだ泉のほっぺたを指先でつつきながら他の3年生達が羨ましがったスキーには何の反応もせず、残念そうに言った。

「?」

「あそこの紅葉とかさ、すげー綺麗でさー・・・」

浜田が言い終わるより先に、他の3年生がプッと笑いながら話を変えた。

「そいや旅館でさー、こいつってば・・・・」

そのまま話は3年生達の京都での修学旅行へと流れていった。
話のネタは大抵が浜田の事で、浜田の武勇伝を楽しそうに聞いていた1,2年生達の間から一斉に「どっ」と笑いが出る。
そんな中、泉だけがロッカーの荷物を取り出し先に帰っていった。

「用事あるんでお先します。お疲れっした。」

「おー、お疲れー」なんていう言葉が一瞬飛び交い、泉の出た部室から笑いが漏れる。
浜田が何か言っている声がする。

(みんなの憧れ“浜田先輩”ね・・・。)

『あそこの紅葉とかさー、すげー綺麗でさー ・・・ 』

今でも思い出す浜田の見た紅葉というのは泉には想像もつかなかった。
自分たちの年代は大抵が景色の事なんかには興味がなく、それは浜田も同じだと思う。
そんな浜田が旅行の思い出の一番にあげた紅葉は、よっぽど綺麗だったのだろう。
もし今年も秋に定番の京都・奈良への修学旅行なら、浜田の見た景色が自分にも見れたのだろうか。
一緒に「清水寺の紅葉が綺麗だったっすね。すごかったすね」なんて事を話したんだろうか。

(・・・・しねーな。)

自分で自分に突っ込みをいれながら、すっかり暗くなった夜道を歩いた。
地上に顔を出したばかりの大きな月は赤味がかっていて、いつもより近く見える。
手を伸ばせば届きそうなのに、全然届かない。

近くて遠い・・・・

そんな1歳の差はいつまでも泉の中に残った。








345日の距離







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