長編

□Anemone
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広い家の中。

祖母を亡くして半年が経ち、独りで生活するのにも慣れてきた。 

けれど、夕食の時間はいつまで経っても慣れない。

部屋に響くのは、時計の秒針と自分の呼吸。静かな分だけ、家のなかに誰も居ないことを実感してしまう。

だからと言って、テレビをつければ物騒なニュースばかりだし、それらは自分と関係のない事に思えたので見る気はしなかった。

独りの食事がこんなに静かで、さみしいとは考えもしなかった。


ふと顔をあげて時計を見る。
――そろそろあの人が来る時間だ。

そう思うと、夕食を終えた食器を片付けるのも心なしか楽しいような気がする。

綺麗に拭いたテーブルにマグカップを二つ置いて、ティーポットに茶葉を入れる。

お茶を用意しながら、今日はどんな話をしようかと考える、この時間が好きだった。

(コーヒー豆は切らしちゃったなあ)

あの人は紅茶よりもコーヒーが好きらしく、ブラックを出すと美味しそうに飲んでくれるのだ。
苦いからと砂糖をたっぷり入れる私に

「まったく、こどもだな」

そう言って笑う。
優しい表情が好きだった。



コンコン、と控えめなノックが響いた。

はやる気持ちを押さえながら、私は玄関へと急ぐ。






Anemone






ドアがノックされる音で真奈は目覚めた。
窓からは陽が差し、部屋の中を明るく照らす。今日は暖かいのだろう。
身体を起こせば外に蝶々が飛んでいるのが見えた。

ずいぶん懐かしい夢を見た気がする。

まだ寝ぼけた頭でぼんやり思っていると、強くドアが叩かれて、意識は現実に引き戻された。

「おい、真奈! いるんだろ。はやく出てこいよ」


 (……しまった)

うっかりうたた寝をしていたようだ。

乱れた髪を慌てて撫でつけながら、外にいる青年に返事をした。
 

「ごめん! すぐ行くから」


(C) Katase 2009
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