素数的進化論。
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第14話
-苦悩-
昼休み終了まで、あと五分。
そんな氷帝学園高等部のある廊下にて、二人の男子生徒――忍足侑士と宍戸亮が歩いていた。
宍戸の手元には自分の分と綱吉の分、二人分の鞄があり、結局予鈴がなっても帰って来なかった綱吉を待つことなく、二人は教室へと向かう途中だった。
ちなみに二人の心には心配など一切ない。
仮にもイタリアンマフィア最強を誇るボンゴレ十代目、その上グローブも装備しているのだ。
一般人ごときに劣る綱吉ではない。
その事を、二人は十分に理解していた。
「んー…」
――と。
宍戸の隣を歩いていた忍足が、突然何の前触れもなくピタリと立ち止まる。
そして天井を見上げ唸ったかと思うと、その姿勢のまま宍戸に呼び掛けた。
「なあ亮ちゃん」
「亮ちゃん言うな」
そのふざけた呼び名に間髪入れずに突っ込めば、次の瞬間返ってきた言葉に、宍戸は思わず間抜けな声をだした。
「俺、次の時間サボるわ」
「は?」
「なーんかダルイねん。熱でもあるんとちゃうかなー…うん、そやそや絶対そうや」
しかしそんな宍戸を放っておいて、一人うんうんと頷く忍足。
「てことで、自主休講にするわ」
そしてにこりと笑みを浮かべて宍戸に言い放てば、くるりと宍戸に背を向けた。
「じゃ」
そしてそのまま肩まで上げた手をヒラヒラと振りながら、忍足は屋上へと歩いていった。
「今来たのか」
その言葉に横を向けば、そこにいたのはクラスメイトであり部活の部長でもある跡部景吾。
「あら景ちゃん」
「景ちゃん言うな」
「それさっきも聞いたわ」
「は?」
「いやいやこっちの話や。気にせんといて」
忍足がつい返してしまった言葉に、キョトンとする跡部。
その表情にクックッと笑いながらも、忍足は気にするなと手を振った。
「…どこ行くんだ」
そんな忍足に怪訝そうな表情をするも、話を変える跡部。
しかしその目が語っている。
サボるつもりじゃないだろうな、―と。
「どこて…屋上?」
しかし忍足は悪びれる様子もなく、そう言ってへらりと笑って見せた。
「お前な…」
そう呟き、額に手を当てため息をつく跡部。
忍足の進行方向からある程度予測はしていたようだが、そのあまりにも当たり前のように言う態度に呆れてしまったらしい。
「いやだってなんかダルイねんもん。てことで、センセーには適当によろしゅう」
そう言うとブイ、とピースをしたあと立ち去ろうとする忍足。
ああそうだ、こんな奴だとため息をつきつつ、跡部はそんな忍足を呼び止めた。
「おい」
「ん?」
その呼び掛けに、ピタリと立ち止まる忍足。
背を向けたまま、しかし顔だけ振り返って跡部の方を向く。
「お前はどう思う」
「何がや?」
そして跡部は体ごと忍足を振り返り、その視線がぶつかり合う。
「沢田のことだ」
「……」
真剣な表情で問う跡部。
忍足はそんな跡部をじっと見つめたあと、いつもの如く何を考えているか分からぬ笑みを浮かべた。
「そういう景ちゃんはどう思っとんの?」
「………」
その切り返しに、思わず無言で目線を下げる跡部。
そんな彼に忍足は小さくため息をこぼすと、跡部から顔を反らして口を開いた。
「跡部かてわかってるんやろ?…これは誰かに聞いてどうにかなるもんやない。誰に何言われたって、譲れんもんは譲れんし信じれんもんは信じれん。
…自分で考えな」
「…そんなこと…分かってんだよ」
忍足の言葉に、小さな声で呟くように答える跡部。
生徒会長であり、男子テニス部の部長でもある跡部。
彼は一体、どれほど悩み、考えたのだろうか。
――信じたい。
だがその気持ちだけで突っ走ることのできない、責任。
僅かであろうと、共に過ごしてきた仲間である綱吉。
あの彼は、本物なのだと。
声高に叫びたい。
だがしかし、そんな直感や自分の気持ちで動けるほど、“跡部景吾”は無責任でもバカでもないのだ。
――そしてそれ故に、誰よりも悩み、考え――苦しんでいる。
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