企画
□カルテット
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――少年は走っていた。
バタバタと足音を響かせ、周りの生徒達が何事かと次々と振り返ろうと気にも止めない。
流れる汗をぬぐいもせず、乱れた息も髪も気にもせず。
一心不乱に廊下を駆ける。
それは、普段の少年からは考えられないようなことで。
しかし幸か不幸か、普段の彼を知るものは、ここには数えるばかりしかいなかった。
なぜなら、ここは少年の通う中学ではないからである。
「っは、…はあ、…はあ」
そうしてたどり着いた先にあるのは、一つの扉。
頭上の見慣れたプレートに書かれた文字は、“応接室”の三文字。
そして少年は、勢いよく扉を開いた。
「っ大丈夫ですか!?」
バンッと、勢い余って壁に当たり、大きな音をたてる扉。
しかしその先に広がっていたのは、少年にとって思いもよらないものであった。
「可愛いでしょ?おねしょしたのを必死に隠そうとしてるんだよ」
「そうじゃなあ」
「クフフ、そんな幼なじみをキッチリ写真におさめているなんて、君も酷い人ですね」
「君だって人のこと言えないでしょ。そう言いつつしっかり見てるじゃないか
…第一、これを撮ったのは比呂士の母親であってぼくじゃない」
「………………はあ?」
少年――なぜか室内で話題の中心となっていた彼、柳生比呂士は、その光景に思わずそんな間抜けな声をあげた。
「ああ、遅かったね」
――と、入り口に立ったままの柳生を目に止め、そう言いつつ紅茶の入ったカップを口に運ぶのは、柳生の幼なじみでありこの応接室の――否。
この並盛中、そして並盛町の秩序である少年、雲雀恭弥。
ちなみに、今彼が持っているカップはかなり高価なものであって、けして一中学生が―しかも応接室で―我が物顔で使える代物ではない。
――まあ、ごく普通の中学生ならという話だが。
「そんな所でつっ立っちょらんと、ここ来て座りんしゃい」
そんな雲雀の前、机の上から顔を上げ、自分の座った隣をぽんぽんと叩きながらにやりと彼独特の笑みを浮かべるのは、銀髪の少年。
柳生の同級生であり、部活であるテニスのダブルスパートナーの仁王雅治。
「比呂士くんも、紅茶で良かったですよね?」
そう言ってソファーの雲雀の隣のスペースから立ち上がったのは、個性的な髪型をした仁王の幼なじみ、六道骸。
柳生も含めたこの四人は、現役の中学生でありながら、実はれっきとしたとあるイタリアンマフィアの一員なのだが――今はそれはおいておこう。
何はともあれ、そこに流れる空気は、柳生の纏うそれとは真逆のものであった。
未だ入り口に立ったままの柳生以外の三人が囲んでいる机の上には、数冊のアルバムと紅茶とクッキー。
先ほどの会話からしてアルバムは雲雀が持参したものだろう。
「…何、してるんですか?」
ふう、ととりあえず乱れた息を整えたあと、ゆっくりと口を開いた柳生。
そして発した言葉に対し、雲雀はごく当たり前のことのように言葉を返す。
「何って…見た通りだよ。ほら、比呂士も早くこっちに…」
「倒れたのでは?」
「……誰がだい?」
雲雀の言葉を遮り発せられた問いかけに、しかし雲雀は怒りを露にすることはなく、むしろキョトンとして首を傾げる。
こんな所、普段の彼を知る―そして柳生に対する態度を知らない―人間が見れば、これは本当に雲雀なのかと思わず目を疑うだろう。
その様子に、柳生は苛立ちよりも腹立たしさよりも、思わず呆れと安堵を感じてしまった。
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