企画

□嬉しいをもらった日
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前世―と言って良いのかどうかは分からないが―において沢田綱吉が死んだのは、夏を目前に控えていた頃だった。

しかしこの世界にやってきた、恩師と出会ったあの日は、すでに秋となっていて。

のちに知って驚いたことだが、何の偶然か、綱吉がこの世界において生まれたと言っても良いだろうその日は、前世における彼の誕生日と同じ日であった。










10月14日。

朝夕の暑さは多少和らいできたとはいえ、まだまだ快適とは言い難い日々が続く中。

綱吉はいつも通りに出勤しようと準備を始めたところで、「あ、そっか」と言ってその手を止めた。



「…今日、休みなんだっけ」



それは昨日のこと。

部下からいきなり知らされたそれに、綱吉は思わず何度も聞き返してしまったほどだ。

確かにここ最近は通常業務である書類整理に加え、手の足りない際には見回り等外に出ることも多かった。

そんな中部下たちにのみ休みを与えることもあったが、綱吉にとっては今は定期的な休みも取れているし特に苦に思ったことはなかった。

集まってくる書類の整理を1人で行っていた頃に比べれば、むしろ楽なくらいである。

しかしそれは普通の感覚ではなかったようで―なんせ前世でさえも事務仕事に戦いにと右腕である獄寺が心配するほど忙しい日々を送っていたのである―そんな綱吉に部下である要からこうして休みを言い渡されるのは、実は初めてではなかったりする。



「うーん…何しよう」



そう言って、ぼふん、と畳んで隅に置いてあった布団に顔面から倒れこむ綱吉。

こっそり仕事をされては困るからと、今回は事務室やその付近への立ち入り禁止とまで言われてしまったのだ。

しかしいきなり休みだと言われても、何をすればいいのか分からず困ってしまう。

前も今も仕事に追われる生活を送っている身としては、趣味らしい趣味もないわけで。

小さい頃はさすがに暇さえあれば遊んでいたけれど、今さら友達と鬼ごっこなんて、と考えたところで、ふと思い浮かぶ懐かしい顔。



「…そっか」



久々の休み。

久々の自由な時間。

真選組副長補佐ではなく、ただの沢田綱吉としての時間。

――それなら。


ふにゃり、無意識に口元に笑みを浮かべ、綱吉は立ち上がった。










――結果から言うと、空振りだった。

久しぶりにできた時間を使い会いに行った銀髪の旧友は、珍しく仕事が入ったのか従業員ともども留守にしていて。

ならば仕方ないと、1人で甘味処へでも行くかと足を向けた先でばったり出会った長髪の友人とその友―といっていいのかそれともペットなのか。というかまずアレはどんな生き物なのかいまいち分からないのだが―とは、少し言葉を交わしたところでタイミングよく沖田がやってきて。

そして始まった追いかけっこの様子を、苦笑しながら見送った頃にはもう甘味処へ行く気も失せていた。

ちなみにその際、友人が去り際言った「後で楽しみにしておけ」と言った言葉が気にはなったものの、まあ後でというくらいだからとそれについては考えるのを早々にやめてしまった。



「……帰ろっかな」


ポツリ、呟いた言葉に滲んだ寂しさに気付いて、思わず今度はそんな自分に苦笑をこぼす。

最近は、特にずっと周りに誰かがいたから。

誰かと一緒にいることが当たり前で。

久々に過ごす1人の時間は、なんだか少し、居心地が悪かった。



「…帰って本でも読もう!」



それを振り払うように、わざと明るい声を出す。

確か読みたくて買ったけれど時間がなくてしまったままになっていた本があったはずだ。

あれを引っ張り出して…お菓子もあったはず。

最近読めていない漫画を読み返すのも楽しそうだ。

久しぶりに、1日中ごろごろして。

よく遊びに来る野良猫が今日もやってきたら、一緒に日向ぼっこをしながら寝るのもいい。

そんなことを考えていると、さっきまでの寂しさなんてどこかに飛んで行って。

そして綱吉は、足取り軽く帰路についた。










「補佐、起きてください。…補佐」



「ん……?」



自分を呼ぶ声と、それと共に優しくゆする振動に、綱吉はゆっくりと瞼を開ける。

するとそこには、どこか呆れたような顔をした部下がいて。



「あれ…?要、くん…?」



未だ寝ていたいと閉じようとする目をこすりながら上体を持ち上げキョロキョロとまわりを見回せば、どうやら自分は仮眠のつもりがぐっすりと寝てしまったらしく、最後の記憶よりも確実に暗くなった室内が目に入る。

隣に寝ていたはずの姿が見えないどころかあの温かさも消えていて。

そのことから一緒に寝ていたはずの猫はとうの昔にいなくなっていたことが分かった。

そして少し感じる肌寒さにくしゃみをすれば、「まったく、」という言葉と共に肩にかけられる何か。





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