企画

□友情宣言
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――宍戸亮。

それが、雲雀亮の以前の名前だ。

生まれて間もなく養護施設に預けられた亮は、当たり前だが本当の親の顔どころか名前も知らない。

預けられたと言っても施設の前に放置されていたのだから、施設の者も彼の親については何も知らない。

亮はしかし、実の親のことを恨んではいない。

過去にいろいろ思ったことはあったが、それがどうしようもない理由であれ親の勝手なものであれ、何か育てられないわけがあったのであろうし。

むしろその結果死ぬよりはあの施設に自分を預けてもらえて良かったとさえ思うこともある。

施設の者は職員も子どもたちも皆温かかったし、今では新しい大切な家族もできた。

言葉は悪いが親が自分をあそこに捨てたからこそ出会えた人は多いし、経験することや考えることができたことも多い。

勿論出会いたくなかった人や積みたくなかった経験だってあるけれど、きっとそれは血の繋がった家族のもとにいても事柄は違えどあっただろう。

何よりそんな過去もひっくるめて今の亮があるのであり、そして亮は今の自分に満足していた。

だから、施設の出身であることも今の家族の誰とも血が繋がっていないことも、彼は気にしたことも恥じたこともなかった。

しかしそれを、世間の誰もが分かってくれるわけではなくて。

偽善者ぶった大人や本当に色々な人間たちからの「かわいそう」という視線は昔からそれこそ数えるのもめんどくさくなるほど感じていたし、偏った知識や盲目的な正義感を持った同級生からのアレコレも、もう慣れっこだ。

だから別に、それらに対して特に反応することはなかった。

当たり障りなく流し、次の瞬間にはもう忘れていた。

それは、亮がこれまで生きてきた中で身に着けた処世術の1つだったのだ。










――ああ、またか、と。

ガヤガヤと騒がしい教室の外、その中に入ろうと扉に手をかけたところで中から聞こえてきた言葉に、亮は心の中でため息を吐いた。

聞こえてきたのは、自分に対する言葉。

面白半分に言われたことも、悪意を持って言われたこともあるそれは、彼のこれまでについて。

きっと今回は、その半々だろうと雰囲気から感じ取る。

別に話題にされたのは自分のことで家族のことを悪く言われたわけでもないため正直どうでもいいのだが、しかし自分はこれからこの中に入って行かなければならない。

そうすることで訪れるだろう気まずい雰囲気を想像し、さてどうするかと考えたところで。

友人の声と共にそのざわめきが静まった。









「いい加減低能なことはやめたらどうだ」



パタン、と。

先ほど発した言葉によりシンと静まり返った教室に、それまで読んでいた本を閉じる音が響いた。

しかしこの状況を作り上げた本人は、そんなもの気にすることもなく。



「今のお前たちの言動がどれほど子どもで最低なものかすら分からないわけではないだろう。人を馬鹿にして優位に立っているつもりかもしれないが、周りから見ればそれは真逆だ。わざわざ最低な奴に成り下がるとはご苦労なことだな」



そこまで淡々と言い切ったところで、先ほどまで自分の友人を馬鹿にしていた男子生徒を冷たい目で一瞥し。

しかしすぐさまもう興味がない、とばかりにそらされた視線に、その男子生徒はカッとなって口を開いた。



「っ――」



「手塚」



しかしその口から声が発せられるより先に、ガラリと開いた扉の音と共に、話題の中心である少年の声が聞こえてきて。

その突然の登場に、一斉にに教室中の視線が彼へと集まる。

だがその少年―雲雀亮はそれを気にすることなく、いつも通りの表情でまっすぐに手塚を見つめ。



「次、教室変更だってさ」



そう言って教室へと踏み入れ、自身の席へと足を進めながら教室内にいたクラスメイト達にも聞こえるようにその場所を伝える。

そして2人は、気まずげなクラスの雰囲気をそのままに、一足早く教室を出て行った。










「…大丈夫か?」



廊下を歩きながら、手塚は隣を歩く友人を横目で見ながら短く尋ねた。

それに亮は、キョトンとした表情をして。



「…何が?」



その本当に分かっていない様子に、手塚は一瞬驚きを表す。

しかし先ほどまでの会話が聞こえていなかったのかと内心ホッと息を吐き、すぐに「いや、分からないならいい」と続けようとしたところで「ああ、」と何かを思いついたような声をあげる亮。



「別にいい。慣れてるし」



「…そうか」



と返事をしながらも、眉間にシワを寄せたままの手塚。

その表情に、亮は「シワ」と言って眉間を指さした。



「……」



それに無言で眉間をもむ手塚。

その様子に、亮は「ハハッ」と笑い声をこぼした。



「…それに、嬉しかったし」



「…嬉しかった?」



手塚の問いに、亮は1つ頷いて。

その後彼は、穏やかな―そしてその言葉通り少し嬉しげな―表情で、言葉を続ける。



「お前が、怒ってくれたから」



「!」



思ってもみなかった言葉に、手塚は驚きに目を見開く。

亮はそれをチラリと横目で見たあと、しかし手塚の動揺など気にすることなく続けた。



「別に俺のこれまでや家族のことを恥じたことはないし、嫌でもない。けなされれば腹はたつし、小学校くらいの時は手が出ることもあった。別に今だって、我慢することに慣れたりそんなことしても馬鹿らしいだけだって知ってるから手を出さないだけで気持ち的には昔と何も変わってねえよ」



「……」



「でも今は、ホントに気にしてねえ。…むしろ、嬉しいくらいだ」



そう言って、亮は立ちどまり。



「ありがとな」



そして笑って礼を言った亮に、手塚は。



「……ああ」



少しの間をあけたあと、珍しく微笑みを浮かべ頷いた。





友情宣言


――俺、お前の友達でよかったわ。


(……恥ずかしい奴だな)(なんだよ、てれんなって)(ちょ、雲雀くんと手塚君が微笑みあってるんだけど!!)(だ、誰かカメラーっ!)

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