素数的進化論。U

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第50話
-銃声-







「これが何か分かる?」



糸がピンと張りつめたような緊張感の漂う中。

ただ1人、菊峰は普段となんら変わらないようにふるまう。

そして彼女がポケットから取り出したのは、粉薬の入っているような小さな袋の中に入った、白い粉。

それはもちろん、粉薬などではなく。

いや、これもある種粉薬と呼べるのかもしれないが、しかし健康を促すためのそれではなかった。


しかしその正体に気づかないレギュラー陣―あるいはあまりにも現実味のないそれに口に出すのをためらっているのか―の代わりに、彼らとは違い落ち着いた様子で綱吉が口を開く。



「――麻薬、だね」



それにニヤリ、菊峰は嫌な笑みを浮かべて。



「跡部財閥の御曹司は、一人息子ゆえにかかる重圧や期待、そして学園での周りの目にストレスを感じていた」



誰も口を挟まない中、菊峰は楽しげに、まるで歌うように言葉を続ける。



「そしてそのうち麻薬に手を出してしまい、それを仲間たちに見つかってしまったことにより―彼らを殺し、自分も自殺を図る。…いいストーリーでしょう?」



「お前にとってはな」



吐き捨てるように言った宍戸の言葉にも、菊峰は悪びれることなく答える。



「それでいいのよ。だって私のために用意したストーリーなんだから」



そして周りのレギュラー陣のように青ざめはせずとも、硬い表情を浮かべる跡部を小気味良さそうに見やり。



「跡部財閥の御曹司であらせられる“跡部様”。…今のお気持ちはどうかしら?」



「……」



「きっと今あなたはその聡明な頭で必死に考えをめぐらせているんでしょうね。自分たちが―最悪仲間だけでも無事にこの場を離れることができないかどうか」



「……」



硬い表情のまま無言を貫く跡部に、それを肯定ととった菊峰は言葉を続ける。



「だけどそれは不可能ね。彼らは1度受けた任務は必ずやり遂げるわ。彼らを止めるには、そうね――彼らのボスでも連れてくる?」



そんなことはできないだろうことを知っていながらわざとらしくも提案し、クスクスと笑いを漏らす菊峰。

一方の跡部は未だ硬い表情のまま、睨むように強い視線を彼女に向ける。



「いい気味ね。今まで下に見てきた者にこうして見下されるだなんて、今まで考えたこともなかったでしょう?だけどこれが、私とあなたの本当の位置関係」



そう言う彼女の表情には、先ほどまでの優越感はなく。



「私は、あなたが邪魔だったわ。邪魔で邪魔で仕方なかった。鬱陶しくてたまらなかった。いつも私の上を行くあなた。いつもいつも、私ではなくあなたが注目されて、もてはやされる。決して私が劣っているわけではないのに、いつもいつも――まるであなたの方が優れているかのように」



険しく、憎悪まで読み取れるその表情は、しかし彼女の言うような“上”の立場のそれではない。

それは、醜い嫉妬に狂った女の顔。



「だから私は、あなたを引きずり下ろした。あなたは私の企みに気づくことなく、それゆえにこうして仲間をも危険に巻き込むことになったのよ」



そう言うと、菊峰はひどく歪んだ笑みを浮かべ。



「――それじゃあそろそろ、終わりにしましょうか」



そう言うと、自身の後ろに立つ紅く鋭い瞳を持つ男へと視線を向ける菊峰。

彼はそれに応えるように両手をまっすぐに上げる。

その手には、2丁の拳銃が握られていて。

そしてその銃は、まっすぐに跡部とその隣の綱吉へと向けられていた。



「……!!」



男の行動に、最高潮まで張り詰める室内の空気。

逃げようとしたのか、それとも2人を庇おうとしたのか。

またはあまりの緊張感と圧迫感に思わず動いてしまっただけかもしれないが、ともかくわずかに体を動かした向日。

それに気づいた男が向日を見ただけで、のどが引きつり動かなくなる体。

向日の体が、思考ではなく本能で悟ったのだ。

逆らってはいけない、と。

自身は彼の前では明らかな弱者であり、喰われる側なのだと。


そして男は、まるで見せつけているかのようにゆっくりと指に力をこめ。



「…ッ!!」



誰もが思わず目をつぶったその瞬間。

その場に、大きな音が響いた――





To Be Continued…

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