素数的進化論。U
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第47話
-黒猫のきまぐれ-
「何してんすか?」
「…越前」
宍戸の部屋を出たリョーマは、合宿施設1階のロビーにある自動販売機に飲み物を買いに来ていた。
そこで丁度電話を終えたばかりの跡部と、その前のソファに座る手塚を見つけ声をかける。
跡部はその手に携帯以外に何やら文字の書かれた数枚の紙を持っており、手塚は首にタオルをかけていることからおそらく先ほどまで自主練を行っていたのだろうことがわかる。
今日の練習は量が少なくなってしまったので、それを補おうと走り込みでもしていたのだろう。
その姿を見て、おそらく―いや、間違いなく海堂も今頃は走っているんだろうなと思おうリョーマ。
「丁度ここであってな。少し話していた。…お前はどうしたんだ?」
「アレ」
「…ほどほどにしておけよ」
「ウィーッス」
手塚から尋ね返されたリョーマが自動販売機を目で示せば、それだけで通じたのかため息交じりにあきれ顔で釘をさす手塚。
それにリョーマは緩い雰囲気で返すと、ポケットに両手を入れた状態で自動販売機の方へと向かう。
そして目的のものを買えば、プシュッと音をたててそのプルタブを開けながら手塚達の方へ近づいてきて。
2人の近くのソファーに腰を下ろしてジュースを一口。
「…そこに座んのか」
それに携帯をしまった跡部が眉間に少しのシワを寄せて呟く。
その言葉に、ジュースの缶に口をつけたままチラリとそちらを見たリョーマは、ひらりと手を振って。
「今俺の部屋綱吉への謝りラッシュなんすよ。邪魔しないんで話続けてくださいッス」
リョーマの言葉にどうするのかと問うように視線を交わす2人。
そして跡部が首を横に振れば、手塚は頷いて。
立ち上がりリョーマの隣を通り過ぎようとしたところで、リョーマから発せられた言葉に立ち止った。
「おかしいと思わない?」
「……何がだ」
手塚はリョーマの方を振り返るも、跡部とリョーマはそれぞれ前を向いたまま会話を続けた。
「あのマネージャー。いくら怖いからって、なんでもう1人のマネージャーに言わないわけ?だってあの2人、親友なんスよね」
「……」
リョーマはその名を口にしなかったが、跡部にも手塚にも、それが誰のことを示しているのかすぐに理解できた。
それは、今回氷帝側からマネージャーとして参加した2人―菊峰香織と、一之瀬さやか。
「それにもう1人の方、頭良さそうだったし。薄々も気づかないなんてことある?」
「…何が言いたい」
「別に?ただの情報提供」
跡部の言葉に、そう言って肩をすくめるリョーマ。
彼の視線は、彼の正面にあるガラス越しに映る跡部の背に固定されていた。
その口元は、ジュースの缶で隠れているのだが―手塚には、まるで猫のように楽しげにゆがめられているように見えた。
クスリ、手塚とガラス越しに目があったリョーマは、まるでその気持ちを肯定するかのように笑いをもらして。
手塚は少しの間ガラス越しに彼と見つめあうも、すぐに目をそらし跡部の後についてその場を後にした。
合宿3日目。
姉崎がいなくなったことにより、マネージャーは3人でコートでの対応とドリンク等の補充を行わなければならなくなった。
とはいえ4人で行っている時もさほど忙しかったわけではないので、前日より多少負担は増えるものの3人で回せないわけではないのだが。
そして現在、コートに出る者を減らすわけにはいかないので必然的にドリンク等の補充を行う者が1人となったため、コート整備中に綱吉と一之瀬はある程度のことを先にやってしまおうと、2人で準備を行っていた。
綱吉の疑惑もはれたため2人で作業を行うことに支障はなく、多少の気まずさはあるだろうが、本来のマネージャーである2人ならば菊峰よりも手馴れているということでそうなった。
ちなみにこの間、コート整備は残りのマネージャーである菊峰と、朝に強い選手たちが行っている。
「…ごめんなさい」
それぞれ黙々と作業を行っていた中、何の前触れもなくポツリと謝罪の言葉を口にした一之瀬に、綱吉は首を傾げて何のことだと尋ねた。
その純粋な疑問を表した態度に、一之瀬は驚いた表情をした後、視線を手元に戻し静かに口を開いた。
「…私、ずっと香織ちゃんと一緒だったの」
「……」
「私の家は香織ちゃんの家と昔から親しくて…簡単に言えばうちの父が彼女のお父様の直属の部下のようなものだった。だから香織ちゃんのご両親に私も良くしてもらってて…ずっと、一緒に育ってきた。ずっと、傍で見てきたの」
両手で持ったボトルを指先で撫でながら、一之瀬は懐かしげに目を細める。
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