素数的進化論。U
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第46話
-雨のち晴れ-
姉崎による一之瀬に対するイジメの発覚というハプニングのため、2日目の練習は比較的早く終了した。
話し合いの際のロスもあったため、実質的にトーナメントの進み具合は予定よりもかなり遅れたのだが、氷帝メンバーの精神面を考えて手塚から跡部に進言があったのだ。
そうして少し気まずい雰囲気が漂う中、夕食を終え夜の自由時間が始まる。
そんな中、鳳は1人綱吉の部屋を訪れていた。
「…こんばんは」
開いた扉の向こうにいた人物を見て、綱吉は驚くことなく穏やかに微笑み鳳を招き入れた。
それに対し鳳は無言で頭を下げて。
そして綱吉に続いて部屋の中へと入っていく。
部屋の奥にいたリョーマと日吉は鳳の登場に少しだけ驚いた表情を見せるも、綱吉が何も言わずともすぐに2人そろって部屋を出て行った。
そのため、室内には綱吉と鳳の2人だけが残される。
「まあ座りなよ」
「…はい」
思いつめたような、緊張したような表情でその場に立っていた鳳に対し、苦笑をこぼしながらそう言って自身も床に座り込む綱吉。
すると鳳はその場に正座し、膝の上で両手を握りしめた。
「お茶いる?」
「あ、いえ、お構いなく。……あの、沢田先輩」
「うん。…何?」
体に明らかに余分な力の入っている鳳に、それをほぐそうと話しかける綱吉。
しかし鳳はそのやり取りを早々に切り上げ、まっすぐに綱吉を見つめた。
その瞳から彼の真剣さを感じ取った綱吉も、居住まいを正して彼を見つめ返す。
そして数秒間、彼らは互いに何も言葉を発さずに見つめ合い。
「――すみませんでした!!」
そう言って、鳳は深く深く、まるで土下座をしているかのように頭を下げた。
その様子を黙って見つめる綱吉。
そしておもむろに手を上げたかと思うと、その手を鳳の頭の上で振りかぶり――
「…っ」
――ポン、と。
そんな効果音がするような動作で、その頭に手を置いた。
「……」
思わずそのままの状態で固まる鳳。
そんな後輩を尻目に、続けて綱吉はわしゃわしゃとまるで犬にするようにその頭を撫でくりまわした。
「…あの、」
それに鳳が思わず困ったように呼びかければ、綱吉は「あ、」とこぼして。
そしてごめんごめんと軽く謝りながら手を放す。
綱吉の手が頭の上からなくなると、それに合わせるように顔を上げ、困ったような表情で綱吉を見る鳳。
それに綱吉はゆるく笑みを浮かべて。
「ごめんね、丁度いい所にあったからさ、つい」
「はあ…」
そう言われてしまえば、鳳は「そうですか」と言って頷くことしかできない。
そんな彼は困惑をごまかすようにゴホンと1つ咳払いをし、仕切り直しだと言うようにまた真剣な顔で綱吉を見つめた。
「俺は、先輩の言い分をろくに聞くこともなく先輩を悪だと決めつけてしまいました」
「うん、まあ俺も特に弁解しなかったからね」
「…先輩のこと、思い切り殴りつけましたし…」
「避けなかったのは俺だけどね」
「……な、何度も睨みつけたし…」
「むしろもっと陰険な嫌がらせはいっぱいあったよ?」
「……」
自身の罪を言うたびに返されるのは、その気持ちを折るようなそれで。
しかもまたそれを軽く言われるもんだから、鳳は困ったように、情けなく眉を下げてしまう。
それを見た綱吉は、優しく―まるですべてを柔らかく包み込むかのような笑みを浮かべた。
「鳳君は、いい子だね」
そう言って、その言葉に驚いたような表情をする後輩の頭をまるで子どもにするようにやさしく撫でる。
「こうしてちゃんと謝ってくれたから、もういいよ。だから君も、ちゃんと自分を許してあげて?」
「でも…!」
「―それなら、」
まだ言いつのろうとした鳳に、綱吉は頭を撫でていた手を放し、じっとその目を見つめる。
その瞳の力強さに、吸い込まれてしまいそうになった鳳は思わず言葉を失う。
そんな彼に綱吉はまた笑いかけて。
「長太郎って呼んでいい?」
「…え?」
綱吉の言葉に、思わずぽかんとした表情になる鳳。
「長太郎って名前で呼ばせてくれて、それで俺のことも名前で呼んでくれたら。そしたら、許してあげる」
そう言った綱吉の表情は、悪戯っ子のようなそれで。
「なんですか、それ…」
1人思いつめていたのが嘘のように、鳳は泣きそうな―だけどうれしげな笑みを浮かべた。
「…さっきのから1つ増えてますよ、綱吉先輩」
「……日吉」
綱吉の部屋からでると、そこには壁に寄りかかって立つ日吉の姿があった。
「…ごめん。気を使わせちゃったね」
「いや。もともと外に出ていく予定もあった。…今は忘れ物を取りに来ただけだ」
眉を下げて謝る鳳に、そう言ってなんでもないことのように肩をすくめて見せる日吉。
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