素数的進化論。U
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第36話
-過去-
「朝日七弥生は、忍足の母方のイトコに当たる」
そんな言葉から、跡部による説明は始まった。
――それは五年前。
忍足侑士が、まだ中学一年の頃のことである。
「侑ちゃん!」
「弥生」
真新しい制服に身を包んだ忍足に向かい、笑顔で駆け寄っていく弥生。
まだあどけなさの残る彼女は、今年で10歳になる。
彼女に向かって忍足が両手を広げれば、弥生は躊躇うことなくその腕の中へと飛び込んだ。
「見て見て侑ちゃん!100点とったんだよ!」
そして笑顔のまま手に持っていたテストを見せれば、忍足も優しく微笑み。
彼はそっと、イトコの頭を撫でてやった。
「頑張ったなあ、弥生」
そう言って誉めれば、くすぐったそうに、嬉しそうに微笑む弥生。
それに忍足もますます笑みを深める。
そんな微笑ましくも幸せな生活は、しかしある日突然崩れ去った。
「ゆ…ちゃ……っ」
「弥生?弥生、どないしたんや!?」
夏の全国大会を控えたある日のこと。
跡部と二人、並んで部活へと向かっていると震えだした携帯。
それに出れば、聞こえてきたのは弱り切ったイトコの声で。
忍足の様子から何かあったと察したのだろう、隣を歩いていた跡部も足を止める。
「ど、…っしよ…おか、おかあ、さんと…お父…さん、が……っ!」
震えるか細い声でなんとか紡ぎ出された言葉。
それを聞くなり、忍足は何も言わずに走り出した。
「そこにあったのは、朝日七の両親が首を吊って自殺した姿だったよ」
「……!」
シンと静まり返った部室の中。
そこにいるのは、跡部と宍戸、そして日吉の三人。
今は跡部の言葉を最後にその場には沈黙が満ち、外から聞こえてくる部活中の生徒たちの声だけがあった。
日吉が綱吉達を見つけた倉庫からテニスコートへと戻り、綱吉の怪我やそれに巻き込まれた忍足の知り合いらしい少女、そしてその付き添いとして忍足が彼らを病院へと連れて行ったことを伝えた後。
日吉は、宍戸――ではなく、なぜか跡部によって説明を受けていた。
コートに戻った際、タイミング良く二人が揃っていたため一度で二人に報告すれば、巻き込まれた少女と彼女に対する忍足の対応に、跡部が反応したのだ。
そして日吉が「説明してもらえませんか」と問えば、彼は少しの沈黙の後二人をレギュラー専用部室へと連れて行き、そし忍足の過去を話し出した。
おそらく日吉の疑問に対する答えは跡部よりも宍戸の方が多く持っているのだろうが、彼が語りを跡部に任せているため日吉も口を挟まなかった。
共にここにいるということは、宍戸とて誤魔化さずに説明してくれるだろうと思ったのだ。
許可はとってあるということを伝えた時には、二人して頷いたのだから。
「俺様は慌てて走るアイツを止め、車を呼んで目的地へと向かった。忍足の案内で向かった先にあったのは、どこにでもあるような普通の家だった」
庭は綺麗に整えられ、いかにも幸せな家族が住んでいるように見えたそこ。
焦り、慌てて車から転がり落ちた忍足の姿が、ひどく場違いなもののように思えた。
しかし、忍足が戸惑いも躊躇もなくドアを引いた瞬間――嫌な、空気を感じた。
見た目は家を見た時同様に普通の玄関なのに、なぜかその中に一歩足を踏み入れることを躊躇した。
入ってはいけないような―否。
入りたくないと、頭のどこかで誰かが叫んでいた。
しかし跡部は、全くの躊躇なく入っていった忍足につられるような形で、家の中へと入っていった。
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