小説
□ジェリー
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※気持ち『隣人』の続き
その日はいつもと少し彼の様子が違うな、と思った。
週末になるとどちらからとは決まっていなかったがメールなり電話をして、「○○へ行きたい」とか「この前テレビで見た○○が食べてみたい」とか、そういう世間話をしているうちに会う約束が決まっていた。
僕たちはだいたい、土曜に会った。理由は、次の日が休みだから。
金曜の夜、だいたい8時〜9時くらいになると、彼からよく連絡があった。その日は電話が掛かってきて出てみると、無言。いつもなら「正チャン?元気?」などと自分から話し出すくせに。
ディスプレイを見て彼からの電話だということはわかっていたので、
「白蘭サン?」
と言うと、5秒ほどの沈黙があった。彼の携帯電話はスライド式なので、鞄の中で間違えて僕に電話を掛けるボタンを押してしまったんだろうかと思って切ろうとしたそのとき、
「今すぐ会えないかな」
と言われた。今すぐ。金曜の夜8時半。
特に急ぐ用事もなければ、明日は土曜日だ。そのことをとっさに0.2秒くらいで頭の中で考えると、
「いいですよ。どこで会います?」
と返事をしていた。
「家に来て」と言われたので、もしかしたら泊まることになるかもしれないな、と思い、簡単に着替えや下着などをつめて、家を出た。
僕から彼の家までは、2駅ほど離れている。彼が仕事を始めるに当たって、もう少し会社に近い場所に部屋を借りたらいいのにと言ったら、
「遠ければ遠いほど、会うのを躊躇うようになるでしょ」
と言われ、あぁ彼は、恋人が出来たら頻繁に会いたいと思うタイプなんだ、と心の中でそっと思った。
家を出てから30分ほどして彼の家についた。一応インターフォンを鳴らしてみるが、10秒ほど経っても反応がない。もしかして寝たんだろうか?と思いドアノブに手をかけると、簡単に開いた。
戸締りと火の始末だけはちゃんとするように言ってあったが、だらしない彼がそれを毎日守るとは思っていなかったので、
「白蘭サーン!来ましたよ!鍵ちゃんと閉めないとダメじゃないですか」
と言いながらドアを開けた。
が、中は真っ暗だった。一瞬、入る部屋を間違えたのかと思い、彼の部屋ンプレートをもう一度見直したが、ちゃんと彼の部屋だった。
部屋の隅のほうにあるベッドに目をやると、ピクリともせずに死んだように横たわる彼の姿があった。
それを見て、(あぁ、病んでるな)と瞬間的に思い、明かりをつけた。
明かりをつけると、部屋の中は散らかり放題だった。
1人暮らしの男の部屋は散らかりやすいとかナントカ言うけれど、そういうレベルではない。前に、彼と隣同士で住んでいたときの部屋そのまんまだった。
一言で言うなら、「ゴミ屋敷」。
「そこのコンビニでおいしそうなプリン買ってきましたよ。クリームとか乗ってる」
そう言うと彼はムクリと体を起こし、無言でベッドから降りると、僕に抱きついてきた。
僕は彼に食べさせるためにプリンのふたをとったり、スプーンの袋を破いたりしていたので、彼のほうを見ずに、
「ほら、おいしそうですよ。」
と言った。しかし少し、いつもの彼とは違うな、ということは、最初に電話が掛かってきたときからわかっていた。
鬱な状態の人間に対して一番やってはいけないことは、「がんばれ」とかそういう言葉をかけることだと、僕は本やテレビで見て何となく知っていた。
そういう人間に対しては、いつも通り、普段通りの態度で接する事が大切なのだとわかっていたから、僕はこうして彼の大好物のプリンを買ってきて、食べさせようとしているわけだが、
「そのプリン、正チャンが食べたらいいよ」
と言うので、
「食欲ないですか?」
と聞くと、
「食欲はあるけど、今食べたくない」
と答えた。
僕はスプーンの袋を破る手を止め、彼のほうを向き、よしよしと抱きしめてやった。
彼は思っていることと、実際に言葉に出る事に一貫性というか、理由がない。心にもないことを平気で言うところがある人だから、
「今日はいくらでも時間ありますよ。泊まれる用意してきましたから」
と言った。彼は30秒ほど、僕に抱きついて離れなかった。
(続くと思う)