小説
□両手、両足のないウーバー
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生まれた時、人間にはだいたい2つのことしか定められていない。
男か、女かだ。
ある程度意識がめばえ始めた頃から、人間の毎日というのは「選択」の連続だ。
僕はどこへでも行けた。そして、なんにでもなれた。
そういう可能性を持っていた。
だが、今の僕は、「ただのガンダムオタク」。
置かれている状況は、有名私立中学校の3年生。
エスカレーター式で、高校はもう決まっている。
誰だ、人生は、選択の連続だなんて言ったやつ。
今より一つ前の選択肢で僕の人生、だいたい全部決まっちゃってんじゃないか…。
____両手、両足のないウーバー
(そこから動き出すためには、手足が必要)
毎日通っている街がある。
秋葉原だ。
僕はこの街が大好きだ。学校では、みんな自身の学力を上げることに余念がない。
僕もある程度そういう人間だという自覚はある。だけどあの閉鎖された、「大学受験」という一つの宗教みたいな目的に向かって向上し続ける連中のうちに混ざるつもりはあまりない。
どちらかと言えば卑屈的で、どちらかと言えばルールからはみ出して生きたい、そんなお年頃なのだ。
…というのはただの口実で、僕はこの街にある、あるプラモデル屋が好きなだけだった。
プラモデルそのものももちろん売っているが、何より「ガンプラ職人」と言われる人間の間では、もとの設計図なんてほとんど役にたちやしない。
自分でパーツを色付けして、自分オリジナルのガンプラを作るのだ。
例えば同じストライクフリーダムでも、色の付け方、加工の仕方で随分と印象が変わる。
僕が今ハマっているのは、「傷加工」だった。
ガンダムっていうのは、宇宙を戦うヒーローの乗る乗り物だ。
敵と戦えば傷つき、負傷する。その傷具合を、どれだけリアルに、そして「かっこよく」加工できるかが、僕の今のテーマだ。
ただの汚らしい傷じゃ、同士の心を動かすことなんて出来ないだろう。
もっとかっこいい傷を、もっとかっこいい傷を!
「…ほう、あんたもこのパーツに塗料があるのか。」
ビクッとして後ろを振り向く。
金髪オールバックの、どうにもこの場に似つかわしくないセレブなおじさんが立っていた。
「傷加工、か?」
おじさんは僕が見ていた塗料を一つヒョイとつまみあげると、成分表(?)みたいなものをまじまじと見つめた。
「あ、はい…傷加工です。」
おじさんはしばらく塗料を見つめた後もとあった場所におき、僕のほうを向きなおした。
「よくいるね、この店に。中学生?」
「え、あ、まぁ、中学生…ですけど。」
「どこの中学?」
「…どこでもいいじゃないですか。」
「ハハッ、まぁそりゃそうだ。」
…正直、この人がただの不審者に思えてきた、そのときだった。
「もう3ヶ月くらい前から、あんたを見てる。よくこのフリーダムの前で立ち止まってるな、と思って。」
そのストライクフリーダムは、ここの店主が組み立てたものだった。
プラモデルの店を開くくらいではあるから、店主だってそれなりのプラモデルオタクだ。
僕は中学1年生の時にこの店の存在を知り、このフリーダムを見て、傷加工にハマった。
13歳のお小遣いなんてたかが知れている、と思ってはいけない。
何度も言うが、僕は有名私立中学の3年生なのだ。
「それなりに金持ってる中学生」なのだ。
「これを作った人と仲がいいんですか?」
「いや?俺もここの店の常連だ。あんたを見つけたのは、3ヶ月くらい前だがな。」
学校はもう終わったのかい、とおじさんは優しい目線を僕に送った。
「あ、あの…」
「なんだい。」
「あんまり知らない人と、話しちゃいけないって親から言われてるんです…。」
するとおじさんはキョトンとした顔で、それからフフッと鼻で笑って、
「こりゃ悪かった!」
とこめかみを手で押さえながら笑った。
「そりゃ知らないおじさんと立ち話なんて、怪しすぎるよな。」
「いや、別に…そういう意味じゃ」
「悪い悪い。ちょっとしたナンパのつもりだったんだ。あんまりにかわいいもんだから。」
「は?」
「いや、あんたのことだよ。いつも真剣にこのフリーダムを見つめててさ、まじめそうだが、すごく可愛く見えたんでな。」
…この人はゲイだろうか。
そしたら、余計に近づくべきではない。
「いきなり声をかけたりして悪かったな。今度からは、前もって予告してからかけるな。」
「…どうやって予告なんてするんですか。」
「ハハハ、そうだよな。」
…からかわれているとしか思えない。
ブスッとした顔で、僕は店の出口に向かって歩き出した。するとおじさんも着いてきた。
「今日は誘わないけどな、次あたりにどうだい?一緒に食事でも。」
「僕、未成年なんですけど。」
「だよなぁ。」
気が付くと、おじさんは僕の右隣をピタッと張り付くように歩いていた。
「名前は?なんていうの。」
「言いたくありません。」
「俺はγってんだ。あの店によく通ってる。」
そこでピタッと足が止まった。
「あの店に、よく通うんですか?」
「あぁ。何か問題でも?」
あの店によく通ってるってことは、それなりにプラモデルオタクだ。
そうは見えない。いや、そうは見えないのだ、この怪しい男は。
実はこいつはただのゲイで、僕のことをカワイイと思ったからナンパ目的で話しかけてきたのかも。
だとしたら、なんて不謹慎な。
神聖なるストライクフリーダムをナンパの目的に使うなんて、なんてやつ
「じゃぁ今から僕が出す、ガンダムクイズに答えられたら、次に会った時に食事してあげてもいいです。」
「ほう、ガンダムクイズ。」
「えぇ。じゃぁ行きますよ。第一問。」
気が付くと僕は駅までの400メートルあまりの道のりを、このおじさんと一緒に歩いていた。