小説

□乾いた唇
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大学の入学式は、1時間ちょっとで終わった。
まわりのみんなはスーツで、僕も例外なくスーツで行った。

同じ18歳だというのに、1ヶ月前と今では大違いだ。
つい1ヶ月前までは、僕はただの青臭いガキだったと思う。なんであんなにγ先生に迫ったのか、ちょっと思い出すだけでも恥ずかしい…。

それを受け入れてくれたγ先生の寛大さも、今となってはすごいと思う。(大人の余裕)


18歳の、この1ヶ月単位での変化を彼は理解してくれるだろうか。
いやもう、理解してもらえなくてもいいけど。(だって連絡ないし)







入学式が終わると、携帯に着信があったことに気づいた。
開いてみると、知らない番号からだった。

好奇心から、掛け直してみる。3回のコール音の後、

「おう、入江か。」

と聞きなれた声がした。

「え、あ、これ、γ先生の番号だったんですか!?」

「そうだよ。約束しただろ。3月31日過ぎたら連絡するって。」

…だからと言って、4月1日に連絡してくるなんて…。
妙にドキドキしていると、

「入学式は終わったか?」

と聞かれた。

「え、あぁハイ。さっき終わりました。今は教科書販売みたいなことしてて…自分が取らなきゃいけない必須科目の教科書買ってる最中なんですけど…。」

「へぇ。大学生の教科書ってどんなの使うんだろうな。」

「知りませんよ。僕も、さっき買ったばっかりなんです。」

「そうかい。この後暇か?」

「まぁ、暇ですけど…。」

「○○大学だったよな?」

「え、あぁ、ハイ。」

「30分くらい待ってられるか?教科書重いだろ。乗せてってやるよ。」



それは先生の車に乗せてもらえるってことだろうか。
嘘だろ…!

ドキドキしていると、

「あ、友達とかとこの後どっか行く予定?」

と聞かれたので、

「先生が来てくれるんだったら何時間でも待ってます。」

と、つい1ヶ月前のノリで答えてしまった。

「デートですよね。これ、デートですよね。」

なんて気がついたら言っていた。先生は笑いながら、

「デートなわけねぇだろ!」

と豪快に笑いながら、じゃぁまた後でな、と電話を切った。






もしかしてこれ、付き合ってるんだろうか、的なノリで。(僕は人と付き合ったことがないからよくわからないけれど)








約束どおり、γ先生は30分きっかしで現れた。
それからまた電話がきて、

「正門のところに車とめてる。」

と言われた。

急いで行ってみると白のセダンが横付けされていて、中に乗っているのがγ先生だと一発でわかった。


先生の姿が見えてから、どう話しかけていったらいいんだ…とモジモジしていると向こうのほうから、

「オーイ!こっちだ!」

と大きな声で叫ばれたモンだから顔を赤くしながら、

「ちょっと、大きな声出さないで下さいよ!!ここ僕の学校の前なんですよ!?」

とか言いながら、気がついたら助手席に乗っていた。(ノリで)




先生はアハハハ、と笑いながら、

「お前、まるで彼氏に迎えにきてもらった女子大生みたいな反応なんだけど!」

と、一人で勝手にウケていた。(何がおもしろいのかさっぱりわからない)




「スーツ、初めて見た。」

と言われて、無性にドキドキした。

「よく似合うな。就職活動中の学生みたいだ。」

「…まだするのは早いですけどね。」

「そうだなぁ。」




それから5分くらい車の中でで話して、「うまいラーメン屋があるんだけど。」と言われて連れて行かれた。

初めてのデートがラーメンなんだ…とか思っていると、そこのラーメンは本当においしかった。

「適当にラーメンなわけじゃないんですね。」

と言ったら、

「31日過ぎたら、お前を連れてこようと思ってたんだ。」

とか言われた。(もちろんそこは先生が奢ってくれた)




教科書は先生の車の後部座席に置かせてもらっていた。帰るとき忘れんなよ、と言われた。

どっか行きたいところあるか?と聞かれたので、確か先月発売になっているはずだった小説(ラノベだが)と、ずっと買い続けている漫画の最新刊を買うために本屋に寄ってもらった。

僕が小説と漫画を探している間、先生の姿が見えなくなったのでキョロキョロと探していたら、受験用の参考書のコーナーにいることに気づいた。

やっぱり先生なんだ…と思って近づいて見てみると、化学の本を読んでいるのかと思えば数学だった。

「先生、数学の先生だったんですか?」

と聞いたら、

「いや、ここに書いてある問題が解けそうで解けなくてな。ちょっと真剣に考えてた。」

とか言い出した。
どれですか、と手にとってみると、三角関数の単純な問題だった。

これはこう解くんですよ!とその場でパパッと教えると、

「お前のほうが頭いいんだけど!」

と、そこでもまた小さくウケていた。(生徒よりバカってことにプライドが傷ついたりしないんだろうか。)




その後、スニーカーが擦り切れそうになっていたことを思い出して、靴屋にも寄ってもらった。でもよさげなスニーカーがなかったので何も買わなかった。


家に帰る頃にはもう真っ暗になっていた。
先生が家の前まで送ってくれた。

去り際に、

「キスしねぇの?」

と軽いギャル男みたいなノリで聞いてきたので、

「しませんよ!」

と強がってそのまま帰宅した。(すればよかった)







部屋に戻って、すぐにスーツを脱いだ。
楽なかっこうになってから、ベッドの上にボフッと横たわる。




…今日、会ってくれた。




少なくとも、僕が想定していた最悪な展開は免れたわけだ。
先生はノリであのとき僕にキスしたわけじゃない、ということだ。

でもあっちは28歳(か29歳)の大人なわけで、僕とは10歳も年齢が違う。
γ先生が18歳のときにどんな人生を送っていたのかはよく知らない。






これって、「付き合ってる」ってことなんだろうか。






(来世で生まれてくるとしたら、次は女がいいかもしれない。でも男と女だからってうまく行くなんて確証はどこにもないんだ。僕とγ先生が出会えたのは、男だったからっていう理由かもしれない。だから僕は自分が男でよかった、と思うことにしよう。少なくとも今は、自分が男で何も困ることはないから。)
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