Treasure

□君を想う気持ちに比べたら
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 この感情に枷など必要ない。




「…あ、の…九郎、さん」

「何だ」

「わ、私何かしましたか」

「ほう…身に覚えがないと言うのか」

「あった…かな?(こ…怖い…っ!)」


 望美は目の前に迫る夕焼けの色に射竦められたまま、ぎこちない笑顔を白皙に
浮かべた。が、そのなけなしの偽装は耳に囁かれた低い声音にあっさり打ち砕か
れてしまう。

 何故こんな状況になってしまったのだろう、と望美は恥ずかしさに高揚する理
性で必死に現状を整理していた。

 昼間の戦闘で怨霊の攻撃をもろに受け、帰参して治療を受け、傷を癒す為に湯
殿へ行き、そして風呂上がり。

 普段なら斬られない肩口に不浄の刃を受け、望美は傷を負った。
 別邸で執務に追われていた九郎は、今日の戦闘に参加していない。だから知ら
ないはずなのだ、肩の傷は…なのに何故彼はこんなに怒っているのだろう?


「下手だな。強がりで凛として魅せるのも結構だが、俺の前でぐらいは素直にな
ったらどうだ」

「や、やだな九郎さん何か勘違「望美」

「やっ、」

「俺を見ろ」

 覗き込んで来る九郎の有無を言わせない強い眼に屈伏して、望美は恐る恐る翡
翠の瞳を開いた。すると急に顔に掛かる負荷。顎をくん、と上げられ無理矢理に
視線が絡められる。夕焼けの瞳に映り込んだ自分の顔は酷く焦っていた。彼の腕
によって板戸に押し付けられた躯は、傷を負った肩だけに負荷がかからないよう
になっていた。


「望美」

「っ…」

「‥‥望美」

「っく、ろ…さ、ん」

「…馬鹿、何故黙っていた」

「…気づいて」

「当たり前だろう、俺が見抜けないとでも思ったのか…?」

 九郎はそう苦しげに吐き出すと望美の顎を潔く解放し、彼女の華奢な肩に額を
寄せた。空いた両腕は離さないとでも言うようにしっかりと頼りない背を掻き抱
いて。


「…すまない」

「ど、して謝るんですか」

「護ってやれなかった。痛かっただろう」

「…九郎さんのせいじゃないですよ。私に隙があったんです」

「だが、」

「…これ位の傷で痛いなんて言ってられないです。もっと頑張らなくちゃ、神子
でいられないし」

「望美…」

「私、こんなので痛がる位弱くないです」


 そう、無理に笑う少女を九郎は再び拘束した。片手は腰を抱き寄せ、もう片割
れはするりと湯上がりで薄紅に染まる望美の鎖骨へ――

「っきゃ…っ!いきなり何を…っ」

「大丈夫なんだろう?なら傷を見せてご覧」

「人が来たら――っんぅ!」


 抵抗は無用、とばかりに望美は九郎に唇を喰らわれてしまう。乱暴な愛撫が次
第に熱を帯び、熟れ始めた唇を舌で割られると絡む水音。口腔で互いの舌が絡む
度にくちゅり…と甘い毒が理性に麻痺して行く。


「っん…はぅ、っく…」

「…そう強がらなくていいんだ。強い神子姫は確かに必要だ‥‥でもな、ずっと
名を背負えと言っている訳じゃない」

「‥‥‥‥?」

「俺の前だけでは全て脱ぎ捨ててしまえ。何も気にするな、ただ俺の事だけ考え
ろ」

「くろ、さ…」

 熱を孕んだ視線が絡めばもう、鎧を脱いだ男と女が恋に酔う。
 熟れた蜜桃のような望美の頬に口接け、九郎はその華奢な躯を抱き上げた。抱
き上げられた望美は熱い恋情と仄かな不安を以てその整った顔を見上げる。


「お前の肌に刻むのは、太刀傷より紅い華の方が余程似合う」


 幸い、二人を見咎める者は誰もいない。真円の月も天女の傷を嘆いてか、空は
身を隠すのに丁度いい闇夜。


「‥‥‥九郎、さん」

「うん?」

「傷って言っても浅く裂かれただけだからそんなに酷くないですよ。弁慶さんも
痕は残らないって――、!あ…」

「…俺よりも先に弁慶に診せた訳か」

「や、だって軍医なんだから最初に診せるでしょ」

「さっき“傷は浅い”と…そう言ったな?」

「…は、い(何か嫌な予感が…する!)」

「ならいつもより“少しだけ”優しく啼かせてやるさ」

「!」

「おっと、逃げようと思うなよ?俺は一度捕まえた天女を天に返したりしないぞ


「あの私怪我に「望美」

「…っ」



「素直に、俺に堕ちろ」












君を想う気持ちに比べたら
(幾千のを刻んでも足りないさ)

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