彩雲国物語

□運命
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「龍蓮さん……ここでいつも寝ていらっしゃるのですか?」
「いつもではない。今日は累計50回目になる」
 そこは川が近くにあるだけで、何も無い平原だった。
「野宿というのも風流なものだぞ。お腹が空いているのなら、そこの川で魚でも捕れば良い。自給自足とはこのことを言うのだな」
 ごろんと草の上に寝転び、夜空を仰いでいる。先ほどの会話で、自給自足は違うだろうと言おうと思ったが、御礼を言っていないことを思い出した。
「先ほどは有難う御座いました〜。陽月と間違われて良く絡まれるんです〜」
 へへへ…と少し苦笑しながら今はいない陽月のことを思い出していた。思えば彼のせいでいろいろ危険な目に遭ってきたが、その分彼に助けてもらっているのだ。
 今日みたいに絡まれることは多々あるが、陽月を恨んでなどいない。むしろ感謝しているくらいだ。会いたくても、会話したくても、もう二度とそれが叶うことはない。
 それを察したのか何なのか龍蓮が起き上がり、そんな影月の顔を淡い藍の瞳で見つめた。
「心の友…。私はもう一人の変わりは出来ないと思うが、君の用心棒をしても良いだろうか?」
 珍しく真剣に話しかけてくる龍蓮を、最初はきょとんと見ていた影月だが、ふわっと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。迷惑をおかけするわけにはいきませんし「私がしたいのだ。それではダメか…」
 影月の台詞を遮ってまで心配してくれる龍蓮に、流石の影月も折れた。
「分かりました。でも、四六時中一緒にいるわけにはいきませんし」
 どうするのだろうと首を傾げると、龍蓮は意気揚々と自慢げに話し始めた。
「心配するな。私は特に決まった職など無いし、藍家に呼ばれない限り暇だ。その間は一緒にいることができるぞ」
 朝議にも就任式にも出なかったくせに無職だと自慢するのもどうかと思ったが、有難く好意を受け取ることにした。
「有難う御座います〜。龍蓮さんは何処にも就任されてないと仰いましたが、それじゃあ今まで何をしていたんですか?」
「うむ、久しぶりに山の散策をしたり、海を眺めたりしていた。そうだ、道すがら茶州の兄弟に会ったぞ」
「相変わらずですねぇ。“茶州の兄弟”とは…禿鷹のことでしょうか?」
「確かそういう名だったと思うが、今そんなことはどうでも良い。さ、疲れているだろう。好きなところで寝て構わない」
 好きなところといっても、草や石ばかりで何処も似たり寄ったりだ。
「え…と……」
 座り心地や硬さなどを確かめて龍蓮の傍らに寝転がってみる。夜空を見上げると、沢山の星が見えた。
「星、綺麗ですねぇ…。いつもこんなのんびりとしていられたら良いですね」
 政事とか、お金とか、病とか、そんなものに縛られないで生きていけたらどれだけ楽だったろう。堂主様も、騙される事なく平穏に過ごしていけたのに…。
 取り残された自分。今は堂主様も陽月もいない。寂しいと思った。最初は哀しかった。だけど、今隣には同じ戦場で共に戦った傍眼及第の龍蓮もいるし、同じく共に戦い探花及第した秀麗もいる。そして、香鈴や燕青、静蘭もいる。しかし、“自分で”見つけた大切な人は秀麗しかいない。隣で寝そべっている龍蓮も、会試で“秀麗の友達”だから友達になったのだ。
「そういえば、秀麗さんは凄い人脈がありますよねぇ…」
 思わずぽつりとこぼした。自分にはひとりしかいない。
「影月…比べたらいけない。羨ましいのは私とて同じだ。私も心の友たちが羨ましい。…自分に無いものを欲しがるのは人間の愚かな部分だな」
 “人脈”と言っただけなのに…。心の中が読めているのだろうか。
「龍蓮さん…。僕に羨ましがられるところなんかないですよ」
 実際その通りだった。貧乏だし、家系も立派なものじゃないし、頭だってそんなに偉くない。龍蓮も傍眼及第するくらい頭は偉いのだ。何より、秀麗や龍蓮には在るはずのモノが自分にはない。
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