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□本の世界の終焉
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アイが歩いた後には、赤い靴跡が転々と残る。
全身から鉄の臭いを放ち、血で濡れた手で屋敷の扉を押す。
ギィィィ・・・、と音をたてて扉は開く。
屋敷の中は豪華に飾られていた。
綺麗な装飾品には目もくれず、アイは歩き続ける。
ヴィーバ家の屋敷など初めて入るはずのアイの脚は、昔から知っていたかのようにどんどん進んでいく。
止まる事無く進んでいたアイの脚が止まった。
木の扉に突き当たったのだ。
その扉ひとつだけが妙に浮いている。
今までアイが通ってきた廊下には、綺麗に磨かれた扉がいくつもあった。
しかし、今アイの前にあるのは、軽く蹴っただけで倒れてしまいそうな扉だった。
アイはドアノブに手を掛け、押す。
軽く押しただけなのに木の扉は、簡単にドアノブが壊れ、枠から外れて、倒れてしまった。
アイはその扉も気にせず、階段を下りていく。
階段の壁には頼りなく、たいまつがかけられていた。
火がわずかな風でゆらゆらと揺れ、アイの陰を大きくしたり、小さくしたりしている。
ようやっと階段の終わりが見えたのと同時に、もの凄い異臭が鼻をさした。
アイは無表情のまま最後の一段をおり、異臭を放っている奥の部屋へと入る。
部屋というより、洞窟といった方が正しいかもしてない。
むき出しの岩肌、冷凍庫のような冷たい風が吹き抜け、階段の所にあったたいまつの光より更に頼りない光が辺りを照らす。
天井と地面を繋ぐように鉄格子が刺さっていて、小さな部屋のようになっていた。
それが数えられないほどいくつもある。
小部屋の中には、さも当たり前のように人の骨が散乱していた。
完全に骨だけになっていればまだ良い。
骨だけに成りきれていない死体は、虫が集り、醗酵している。
普通の人が見たらすぐに吐くだろう。
しかし今のアイには何も写らない。
一つの目的のために動いているのだ。
冷蔵庫のようなところを歩き続けて何十分経つのだろう。
アイの脚は一向に止まる気配が無い。
入り口などはるか遠くにある。
黙々と歩き続けて急にピタッと脚を止める。
アイが目を向ける方には、一人の女の子が居た。
女の子とともに若い男がが居た。
ウエーブのかかった黒髪に中性的な綺麗な顔、一目見ただけではドール(人)買いをするような顔には見えない。
小麦色の肌の、程好く筋肉のついた長い腕が女の子の両手首を持っている。
この男こそが、この屋敷の当主、ヴィーバ・ウイルだ。
「誰だ、貴様!!」
いきなり現れた人物に驚きの声を上げ、女の子に向けていた細い剣を自分の後ろに居る人物に向ける。
アイは剣を向けられている事など気にもせず、ウイルに押し倒されている女の子を見下ろした。
無造作に伸ばされていた腰まであった青い髪は、肩に届かないほど短く切られていて、生きる気力に満ち溢れていた瞳はどこを捕える訳でもなく天井を見て、白い肌には赤黒く腫れたあざや、切り傷などが手や脚、顔に刻まれていた。
ドール祭の時に着ていた服などどこにも無い。
全裸のまま冷たい地面に寝ている。
アイは女の子から目を離し、ウイルを見た。
ゆっくりと銃口をウイルに向ける。
アイの底知れぬ威圧感を感じ、ウイルの剣はカタカタと震えている。
 ダンーーー・・・・
静かな空間に何度も木霊する銃弾の音。
銃弾の音がだいぶ遠くなった頃、ドサッと物が倒れる音が重なる。
冷たい地面に、暖かい真っ赤な液体がまた一つ川のように流れる。
天井の一点だけを見ていた女の子の瞳はいつの間にか、アイを捕えていた。
アイは自分の前にある鉄格子に銃口を向け、弾を打った。
屋敷の庭に入る前同様に、鉄格子は倒れ、女の子との隔たりはなくなった。
「あなたは、あさに、いた・・・、ひと・・・・?」
アイと認識できた女の子はかさかさの唇を少しだけ動かし、かすれた声で、歯切れ悪く言った。
女の子のかすかさ声がアイの耳に届く。
「うっぐ!」
急に今まで無表情だったアイが苦しみだす。
『ちっ、ここまでか』
アイの頭の中で、もう一人のアイが悔しそうに言い捨てて、消えていった。

「・・・・。ここは、何処だ?」
オレは混乱している頭で辺りを見渡す。
見たことのない風景が目に入ってくる。
(オレは確かドール祭を見て、げす野郎たちの話を聞いて、ヴィーバ家に女の子が居るって聞いて・・・。で?どうしたんだ?)
記憶が無い。
女の子の居場所が分かった後の事がまったく無い。
いくら思い出そうとしても、今見ている岩肌むき出しの牢屋に記憶が飛んで、さらに頭が混乱する。
「だい、じょう、ぶ?」
声がしたほうに顔を向けると、オレが助けようと心に決めていた女の子が軽く頭を傾げていた。
(なんで、女の子がオレの目の前に居るんだ?もしかして・・・、ここて、ヴィーバ家なのか?)
オレの体がガタガタと震えだす。
震えているオレの手を、両手で優しく(力が入らないだけなのかもしれない)握った。
女の子の手は氷のように冷たかった。
女の子の冷たい手のお陰で我に返ったオレは、自分の違和感に気づく。
腕につけていた金色のブレスレットがない。
ドール祭の、記憶を無くす前まで、確かにつけていた。
ブレスレットが無い代わりに、見覚えの無い銃を握っていた。
金色のフォルムに緑色の宝石がワンポイントとしてはめ込まれている。
オレはどこでこの銃を手に入れたのか思い出してみようと、頭を働かせたが、一つとして引っかかる節はなかった。
それよりも、ここから女の子を出してあげなければ!
オレは女の子の細い手首を掴んで言った。
「オレは、お前を助けに来た。ここから早く出よう!」
驚いたような顔をしたのはほんの一瞬で、女の子は悲しそうに目を細め、首を横に振った。
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