「土方さん、帰りましょうや。」
「あ、悪い。俺、実行委員だから。先帰っててくれ。」
「…そうですか。」
「悪いな。」
「なんでィ。アンタが謝るなんて気持ち悪い。そのまま死んでくだせェ。」
「いや、なんで死ななきゃなんねぇんだよ。…ったく、じゃあな。」
「……」
そう言って背を向ける土方さんを、俺は黙って見送った。
しばらくその姿を眺めていれば、どこから来たのか銀髪の男が彼の隣へやってきて、こづき合いながらも仲良さげに言葉を交わしを始める。
心なしか、土方さんの控えめな笑い声が聞こえたような気がした。
「お、総悟。…あれ?トシは?」
「…近藤さん。土方のヤローなら委員会だそうで。先帰っててくれって言われやした。」
「そうかぁ。別に待っててもいいのに…。帰っててくれ、って言われたらなぁ。」
「なんか最近多いですよね、土方さん。」
「え、何が?」
「あれ、知らないんですか?…土方さん、最近同じクラスの坂田銀時っていう人と一緒に帰ってるらしいんですよ。なんでも実行委員に一緒になったらしくて…」
「ああ、学園祭も近いからな〜。まぁ、さすがにトシでも一人で帰るのは淋しいだろうし。」
「ですよね。…あれ?沖田さん!」
後ろで山崎の焦ったような声が聞こえたが、先程の話の所為で気分は更に悪くなっていたので無視をすることにした。
夏も終わりに近付いているのか、少しばかり冷たい風が吹き込んで肌寒く感じた。
坂田銀時。
俺より一つ年上で、土方さんと同じクラスの男。
最近何かと土方さんの隣にいるところを目にするようになった。
みたところ、彼は明らかに土方さんを気に入っており、こちらが気にするような視線を向ければ少しばかり勝ち誇ったように小さな笑みを浮かべてくるのだ。
「…あァ、苛々する。」
そんなことを思い出してしまい、ふと曇天の空を見上げれば空の色が鈍色の白に見え、余計に心を騒がしくさせた。
とても銀色が憎たらしく思えた。
「あ、土方〜。おはよーさん。」
「…はよ。」
「なんかテンション低くね?あれ?昨日の元気な土方は何処?」
「うるせーな、こちとら朝に弱ぇんだよ。」
「あらあらトシ君ったらお寝坊さん?」
「だれがお寝坊さんじゃァアア!!つうかテメェにトシ君とか言われたくねぇんだけど!?」
翌日、ちゃんと待ち合わせ時間ぴったりに来て俺を待っていた土方さんに少しだけ安心していると、後ろからあの銀色を日の光に反射させた坂田が俺たちのもとに走り寄ってきた。
迷わず土方さんの隣へ並んだ坂田はちらり、と横目に俺を見ただけにおわり、まるで見せ付けるかのように土方さんとの距離をどんどんと縮めていった。
それと同時に俺の居場所は少しずつ狭まっていったような気がした。
「あ、なあ土方って学園祭誰と回んの〜?」
「え、ああ、俺は…」
しばらく土方さんとの会話を楽しんでいた坂田は、さも今思い出したかのような、そんな質問を土方さんに繰り出してきた。
そんな問い掛けに、土方さんは彼らの後ろをついてくように歩いていた俺を急いで振り返った。
その表情には、戸惑いと少しの悦喜が映っているようにも思える。
「…なんでィ、気なんか使って。…別に、俺はそれに出る気はないんで。どうぞ二人でごゆっくりと。」
「まじで?じゃあ土方一緒に回んね?」
「え、あ、おい!総悟!?」
「すいやせん、俺日直だったの忘れてました。…先に行ってまさァ。」
それがどうしようもなく苦しくて、何かを言いたげに引き止める土方さんの腕を無視し、前に並ぶ二人を追い越していった。
追い越す瞬間に、また坂田の勝ち誇った笑みが見えたような気がして、ちっ、と苛立たし気に舌打ちをこぼした。
昔から近所の祭りや、学校行事などといったものにはいつも土方さんと一緒に回っていた。
例にも漏れず学園祭にだって土方さんの隣で俺は満足気に校内を回っていたし、甘っちょろい約束事などしなくてもまるで暗黙の了解であるかのように、二人で一緒にいることは決まっていたのだ。
しかし、もうそんなことはないのだろう。
これからはもう、あの漆黒の隣に自分の栗色がなびくのではなく、あの陽光に反射した銀色が揺れるのかと思うと、俺は憤りを通り越して悲哀に溺れてしまう気がした。
結局、俺はあの銀髪に嫉妬し、あの漆黒に捨てられたようで悲しいのだ。
ぐるぐると気持ちの悪い螺旋階段のようなループに陥っていたときに、初めて己の中にある特殊な感情に気付き小さく嘲笑をこぼした。
教室に入れば、たくさんの色鮮やかなチョークを使い書かれた学園祭までの日付が目に入り今度は溜め息を吐いた。
黒板の隅に、もちろん自分の名などありはしなかった。
「総悟〜!!一緒にお妙さんとこのクラスでやってる喫茶店に行かないか?きっと美しいお妙さんが満面の笑みで迎えてくれるぞ!!」
「いや、確実に満面の笑みで地獄へお見送りされると思いますぜ。」
「あ、近藤さん、沖田さん。たこ焼き買ってきましたよ〜」
「おお、山崎。ありがとな!」
見事な秋晴れといった晴天のなか、学園祭は行われ周りはすごく騒がしかった。
最初は行く気など本当に無かったのだが、確か自分はクラスの出し物に顔を出さなければいけないことを思い出し、律儀に学校へとやってきたのだ。
そんなのは建前で、ただ単に土方さんはどうしているかが気になっただけなのだが。
「あ、そういやトシは?」
「あの人、今年はクラスの人とまわるみたいですぜ。」
「そうかー…、それにしてもめずらしいな、総悟とトシが一緒にまわらないなんて。」
「そういうときもありまさァ。お、山崎これもらうぜ。」
「!、それ一番楽しみにしてたんですけど!?」
何も知らない近藤さんが発した純粋な言葉に一瞬ドキリとしたが、すぐになんでもないように隣の山崎から出来たてのフランクフルトを奪い、口に入れた。
山崎の嘆きを後ろに聞きながら、辺りを見回してみるとたくさんの群衆の固まりのなかに、実行委員の証を腕に巻いた漆黒と白銀の頭が見えた。
嗚呼、と思う。
白銀の腕の中にはこれでもかというほど、綿飴や練り飴などの甘いものが埋め尽くされており、漆黒の手には俺と同じフランクフルトが握られていた。
しばらく呆然とその後ろ姿を見つめていたが、二人の影は人込みに紛れとうとう見えなくなってしまった。
自分の髪が風にさらさらと寂しげに揺れた。
「あれ?どこいくんですか?」
「帰る。」
その光景は予想以上に俺にショックを与えたらしく、山崎からの問い掛けにも一言だけしか、俺はただ返事を返すことができなかった。
それから、不貞腐れたように後ろを振り向いた。
今日はこのまま家に帰ろう、そう思い俯きながら前も見ずに足を進めれば、ふわりと上からあの人の香りが漂った。
「なんだ、もう帰るのかよ。」
「…あんた、なんで?あの銀髪は?」
「あ?坂田なら知らねぇよ、今ごろ桂たちとどっかしらまわってんじゃねぇの?」
ゆっくりと顔を上げれば、前方に土方さんがたっていてその手にはフランクフルトが二本握られていた。
「…土方さん、その坂田って人とまわるんじゃ…ってかさっき二人で…!」
「はあ?まわってねぇし、そもそもあいつとそんな約束してねぇし…見間違いじゃねぇの?」
未だ目の前にいる土方さんが信じ切れず、焦々と言葉を紡いでいればそんな俺の様子がおかしかったのか呆れたように笑いながら、さりげなく土方さんは二本あるうちのフランクフルト一本を俺に渡してきた。
「…たぶん、高杉だろ。あいつも黒髪だし、実行委員だし。坂田とよくいるし。つうか俺、朝からなんも食ってねぇんだよ、おら、早く来いよ。」
「あ、土方さん!!」
本日二本目のフランクフルトを食べながら、先ほどの光景を思い出してみる。
そういえば銀髪の隣の男は、土方さんにしては小さかったかもしれない。
安心したのか、それとも少しだけ切なげに揺れた土方さんの瞳を見てしまったからなのか、俺は一つ溜め息を吐くと、前を揺れる漆黒を追い掛けた。
「土方さん、焼きそば奢ってくだせェ。」
「なんでだよっ!」
「俺の心を傷つくた罰でさァ。」
「知らねーよ!」
小指だけでいいから
繋がっていて
(もう縋りはしないから)
Thanks! アメジスト少年
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